スバル吉永社長インタビュー「次の百年のために」

創業百年を機に、2017年4月1日、富士重工株式会社は株式会社SUBARUへと社名を変更しました。新たな百年に向けての舵取りを任された吉永社長に、これからのSUBARUの展望を、『ベストカー』本誌編集長の本郷が直撃しました。

吉永泰之:1954年3月5日、東京都生まれ。成蹊大学経済学部卒。富士重工業入社後主に営業畑を歩み、国内営業本部長などを経て2011年6月より代表取締役社長に就任。
文:ベストカー編集部/写真:奥隅圭之
ベストカー2017年5月26日号


「ライバルに勝ち目はない」からの議論開始

本郷仁編集長(以下、本郷) 社名変更にあたり、「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ。」というメッセージを発信されていますね。

吉永泰之代表取締役社長(以下、吉永) このパンフレット(編集註・下)の左側にはどちらかといえば、これまでのスバルの歩んで来た「いいモノを作ろう」という思いが詰まっていて、右側はいきなり笑顔を作る会社になっています。実は狙いがあって、「これからは価値をご提供するブランドになる」という決意表明が込められているんです。

本郷 なるほど決意表明なんですね。5、6年前というと吉永さんが社長になられた頃ですが、そういう「変革」が必要と感じられていたんですか?

吉永 自動車会社としては小さな会社なので、差別化戦略以外に生き残る道はないというのが私の考えでした。選択と集中、そして差別化すること以外にとれる経営手段がないんですね。ただ重要なのは何に差別化するかということで、実体のないことを言ってもお客様には響きません。歴史を振り返って、他社に負けない特長でお客さんに喜んでいただける商品を作らないと差別化要因にはなりませんね。スバルの場合、それがやはり飛行機会社にあるんです。

本郷 それはよくわかります。飛行機会社ほど、安心、安全が重要なところはないでしょうから。

吉永 若い人を集めてこれからのスバルをどうするのがいいか? 聞いたことがあります。彼らは環境ナンバーワンになりたいというわけです。ところが、スバルは自社だけではハイブリッドの開発もできないわけですから、それはできません。彼らは、規模でも勝てない、環境でも勝てないとなると、ライバルに対して勝ち目はありませんというわけです。

本郷 ホンネで話していらっしゃることがよくわかります。

吉永 そこで、私は逆に富士重工業がなぜ60年もつぶれなかったのかを考えてみようと提案したんです。いろいろ考えたところ、この会社は飛行機会社なんだというところに気づいたんです。とにかく安全なクルマを作りたいんだと。そしてお客様が喜ぶ姿が見たいんだと。

本郷 そこで「安心と愉しさ」になるんですね。

吉永 そうです。これを私は1万回以上繰り返し言い続けてきました。おかげで社内で浸透しました。そして、今回お客様にとってより価値あるブランドになるという決意表明を込めて社名変更に踏み切ったわけです。社名変えるとあとに引けませんから。

「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ。」と題された4ページのリーフレット。広く配布されている

技術の責任者がマーケティングも担当する

本郷 市場として重視しているのはどの地域ですか?

吉永 市場として伸ばしたいのは中国とロシアです。ただし、中国は販売供給過多で、値引き合戦になっています。そこに現地生産工場もないスバルが販売に力を入れるわけにはいきません。ロシアもAWDのスバルと合いそうで、やりたいんですが、こちらもいろいろな意味で落ち着くのを待ってからだと思います。むしろ、伸びる可能性があるのが、アメリカのサンベルト地域です。

本郷 サンベルトというと暖かい南の地域ですね。

吉永 そうです。アメリカ全体のスバルのシェアは3・5%ですが、サンベルトは1・8%と半分ですからまだまだ伸びます。昔は雪の降る北で4WDが理由で売れていましたが、現在はアイサイトを中心とした安全性で売れているので雪が降る、降らないは関係ないんです。

本郷 そうなんですね。これから生まれてくる商品にも注目です。専務で技術系トップの日月丈志(たちもりたけし)さんをCTOマーケティング担当とした狙いを教えてください。というのも、CTOというと最高技術責任者ですよね。それがマーケティングも担当するのは少し違和感があります。

吉永 むしろそこが狙いです。普通ありえませんよね。ご存じのようにSTIの社長もやったし、アメリカの現地法人の社長もやりました。技術も市場もわかっているんです。お客さんのニーズを受けた技術開発と商品企画をするために、あえてそういう役職になってもらったんです。そういった意味で彼はスバルのキーマンです。

本郷 まさに英断ですね。これから生まれてくる商品が楽しみになってきました。本日はお忙しいところありがとうございました。

伝統と格式のある「富士重工」という社名から、グローバルに認知度の高い「SUBARU」へと変更。その狙いには、価値観の転換と生き残りへの戦略があった

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