日本の小さなピックアップを一生に一度は愛車にしたい 6選

日本の小さなピックアップを一生に一度は愛車にしたい 6選

 北米や東南アジアでは税金の優遇もあり乗用車代わりに使われることも多いピックアップトラックが、日本では絶滅状態となって久しい。

 そんな状況下で2017年に復活したトヨタハイラックスは年間2000台という当初の販売目標台数に対し、未だに月500台以上が売れる好調が続いている。

 現在日本でピックアップトラックは「小山のようなクルマ」というイメージだが、かつて日本には小さなピックアップトラック、ファンション性を重視したモデルも存在した。当記事では個性に溢れていたそんなクルマたちを紹介する。

文:永田恵一/写真: TOYOTA、NISSAN、HONDA、SUZUKI、DAIHATSU


トヨタパブリカトラック&ピックアップ

販売期間
パブリカトラック(1964〜1969年)
パブリカピックアップ(1969〜1988年)


 パブリカ(一般公募で決まったパブリカの車名はパブリックカーに由来)は現在のヴィッツ、その前のスターレットの前身として、当時通産省が提唱しようとした国民車思想に沿い、1961年に初代モデルが登場した。

 700㏄の空冷フラットツインを搭載する2ドアセダンでスタートした初代パブリカはバン、オープンといったボディバリエーションを拡充し、1964年にトラックの車名でピックアップトラックを追加。

初代パブリカのデビューから遅れること3年、1964年にパブリカトラックの車名で登場。ライトなトラックながら実用性が高く、パネルバンなども設定し幅広くニーズに応えた

 初代パブリカトラックは平ボディだけでなく、幌付きやパネルバンも設定していた。

 1969年4月には1L級の直4エンジンも加わった2代目モデルに移行し、車名をトラックから変えたピックアップも半年遅れでフルモデルチェンジされた。

 2代目パブリカは2ドアセダンとバンがスターレットにバトンタッチしたのに対し、ピックアップは排気量拡大や排ガス対策を行いながら1988年まで生産が続いた。

パブリカトラック改めパブリカピックアップとして1969年に登場。あまり存在感はなかったが、バブル直前の1988年まで日本でも販売されていた。サニトラよりも目にする機会は少ない

日産サニートラック

販売期間
初代サニートラック(1967〜1971年)
2代目サニートラック(1971〜1994年)


 今でもたまに走っている姿を見ることがあるサニートラックは、初代サニーから約1年遅れの1967年2月に登場した。

サニトラの愛称で親しまれたサニートラックは商用車として人気が高かった。待ちの電気屋さん、八百屋さんなども使っていたため目にする機会は多かった

 2代目サニーをベースにした2代目モデルは2代目サニーから約1年遅れの1971年2月に登場。

 2代目サニートラックは1973年4月の荷台を延長したロングボディ追加や排ガス対応、フロントのディスクブレーキ化などが行われた1989年11月のビッグマイナーチェンジを経て、日本では1994年3月までの27年間、海外では南アフリカ共和国で2008年7月までの31年間という超長期間に渡り生産された。

 2代目サニートラックは今になるとトラックとして使う以上に、古いクルマとしてはパーツ供給に恵まれた日産車である点や比較的最近まで生産されていたこともあり、旧車に乗るという趣味の対象としても非常に面白い存在でもある。

2代目サニトラは1994年まで販売された。駆動方式は初代同様にFRということで一時期ドリフト車としても注目された。実用性、ファッション性とも高いのでサーファーにも人気だった

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