ベストカー本誌の過去記事から名企画・歴史的記事をご紹介する「ベストカーアーカイブ」。今回は2013年の企画「ホンダの栄光と失敗」より、「先見の明」が仇となっているケースも多い!? 歴史に名を刻んだ失敗車・珍技術たちをクローズアップ!!(本稿は「ベストカー」2013年6月10日号に掲載した記事の再録版となります)
文:永田恵一/写真:ホンダ
独創的すぎ? 先取りしすぎ? でも愉快なクルマが実に多かった!!!
1969年登場の1300はホンダが小型車市場に初進出したモデルだった。
エンジンはすでに水冷が主流になっていたにも関わらず、本田宗一郎が空冷エンジンの搭載を強引に主張。この空冷エンジンは冷却系が複雑だったため高コストなのに加え、重量も嵩みハンドリングもトリッキーなものとなってしまい販売も振るわず、経営危機の元凶となってしまった。
1970年代にはバモスホンダ(1970年)とライフステップバン(1972年)という珍車もあった。
バモスホンダは軽トラックのTN360をオープンカータイプに仕立て直したドアすらない実に愉快なクルマであった。短命に終わった大きな原因は、当時の日本にクルマで遊ぶという発想がなかったことだろう。
ライフステップバンは当時のライフの全高を上げ、使い勝手を向上させた今でいうハイトワゴン。現在この種のクルマが軽の主流となっていることを考えると、出るのが早過ぎただけでコンセプトは素晴らしかった。
バブル期にはマークII三兄弟やローレルといった上級小型車が大人気となっていたが、ホンダも1989年にアコードインスパイアでこの市場に参入した。
アコードインスパイアはFFだったのだが、普通の横置きではなくFFミドシップと呼ばれるエンジンとトランスミッションが縦に並び、デフはエンジン中央の左側に配置されるため、ドライブシャフトはクランクケースとオイルパンを貫通するという複雑奇怪な構造を採用。
メリットはFFにしてはタイヤの切れ角が大きく小回りが利くことと、FRのようなフロントオーバーハングの短いスタイルが可能になる点くらいしか思い浮かばないが、ここまで凝ったFFを作ったホンダには敬意を表したい。なお、FFミドシップはレジェンドやアスコット&ラファーガなどにも採用された。
ピュアなFFスポーツとして人気だったCR-Xは3代目のCR-Xデルソル(1992年)で、突如オープンモデルとなった。結果は大失敗に終わったが、これはきっと「走り一辺倒の時代はもう終わり」というホンダの決断が早過ぎたためだけだ!
衝突安全性向上のため軽自動車の規格が改正された1998年に登場した2代目バモスと2代目Zは、リアシート下のエンジンを置くミドシップ+4WDのアンダーフロアミドシップ4WDと呼ばれる構造を採用。
衝突安全性の高さや広い室内空間が確保できるというメリットはあったものの、重量とコストが嵩むというデメリットの方が大きく、普及には至らなかった。
S2000の登場から1年が経った2000年、世界初の可変ステアリング機構であるVGSが搭載された。VGSはハンドル操作に対するタイヤの切れ角が低速域や大舵角時にはクイックに、高速域では従来通りのレスポンスを維持するというもの。
違和感はなかったのだが、カウンターを当てるドリフト走行のような走り方には向かなかったため、採用例はS2000だけに終わった。だが、日産やBMWが現在もこの種のメカニズムをやっていることを思うと、諦めたのはもったいなかった。
そして最後は2004年登場のエディックスだ。
エディックスはフィアットムルティプラのような3人×2列で6人が乗れるミニバンという新しい挑戦を試みたのだが、結局大きなメリットが見出せず1代かぎりで終わった。
親子3人が横1列に並んで座ることができるなんてこのクルマくらいなのだが……。
(写真、内容はすべて『ベストカー』本誌掲載時のものですが、必要に応じて注釈等を加えている場合があります)




















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