2026年は午年。もちろん午年は12年に一度やってくるのだが、これまでの午年に自動車界で何があったのか、ざっくりと振り返ってみたい。2026年は丙午(ひのえうま)なので、前回の丙午である60年前、1966年から順に見ていこう。
※本稿は2025年12月のものです
文:永田恵一/写真:日産、ホンダ、トヨタ、スバル、マツダ、三菱、スズキ、ダイハツ ほか
初出:『ベストカー』2026年1月26日号
1966年(60年前の午年)
●日産とプリンスが合併
プリンスは技術的には非常に先進的ながら、経営面の脆弱さや通産省による自動車メーカー再編、親会社のブリヂストンの意向もあり、日産傘下へ。いろいろな意味でその名残も意外に長く続いた。
●マイカー元年
4月に初代サニー、11月に初代カローラという長年使われた大衆車というジャンルの始まりにより、日本人の自動車熱は一気に高まった。また、この2台はキャラがかなり違う点も興味深かった。
1978年(48年前の午年)
●55年排ガス規制
米国で1970年に始まったマスキー法に倣い、日本でも1973年の昭和48年規制から排ガス規制が開始された。なかでも車検証がEではじまる「55年規制」は、20年という長期間続いた。
●沖縄を走るクルマが左側通行に
アメリカによる沖縄の統治は1972年に終わったが、クルマが左側通行になったのはさらに6年後だった。標識や信号機といったインフラはもちろん、人間が慣れるまでにかなりの混乱となった。
【画像ギャラリー】60年前から12年ごとに振り返る!! 午年に登場した歴史に残るなつかしの新型車(27枚)画像ギャラリー1990年(36年前の午年)
●軽自動車の規格変更
排気量が550ccから660ccへ拡大、全長が100mm延長され、動力性能は大幅に、安全性は若干向上。
●鈴木自動車工業がスズキに社名変更
●鈴木亜久里が日本GPで3位表彰台
いきなりセナとプロストとマンセルが消えたこのレース、9位からスタートした亜久里は混乱を切り抜け、前年の全戦予備予選落ちが信じられない、日本人初となる3位表彰台でフィニッシュ。
2002年(24年前の午年)
●平成12年規制でスポーツカーが一気に生産終了
厳しいH12年排ガス規制により80スープラ、スカイラインGT-R、RX-7が絶版となったが、タイムラグなくZ33型フェアレディZ、RX-8なども登場。
●いすゞが乗用車撤退
いすゞはOEMも含め’02年に乗用車から撤退したが、いまだ海外ではピックアップトラックを継続中
●初代ホンダ フィットが年間販売台数ランキングで1位となり、カローラの34年連続1位を阻止
【画像ギャラリー】60年前から12年ごとに振り返る!! 午年に登場した歴史に残るなつかしの新型車(27枚)画像ギャラリー2014年(12年前の午年)
●米国の25年ルール本格化
米国には25年超のモデルはハンドル位置など安全基準がクリアになる25年ルールがあり、これによりR32スカイラインGT-Rが代表となる、特に現役時代にアメリカで販売されなかった日本車の注目が一気に向上。
●ランクル70が再販で大人気に
ランクル70の30周年を記念し、商用バンとピックアップが期間限定で再版されると、現在ほどではないがとてもよく売れた。今になるとこれは現在のランクルフィーバーの予兆だったのかも。
【画像ギャラリー】60年前から12年ごとに振り返る!! 午年に登場した歴史に残るなつかしの新型車(27枚)画像ギャラリー
































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