2025年12月5日、トヨタ/レクサスのフラッグシップとなるスポーツカー、GR GT、GR GT3、LEXUS LFA Conceptが公開された。会場に登場した豊田章男会長にマスタードライバーとしての立場から、この3台に込められた想いを伺った。
※本稿は2025年12月のものです
文:ベストカー編集部/写真:トヨタ、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2026年1月26日号
ニュルで味わった悔しさが原動力に
ワールドプレミアに登場した豊田章男会長は「『あなたたちにこんなクルマづくりできないだろ?』。あの悔しい声は今も耳に残っています。この悔しさは間違いなく、今も私の原動力になっています」と語った。
あの悔しい声とは何か?
2007年当時副社長だった豊田章男会長は、初めてニュルブルクリンク24時間レースに中古のアルテッツァで参戦した。
それまで数年にわたり、マスタードライバー成瀬弘さんの下で基礎から運転を教わった。トレーニングに使われたのは80スープラ。そして、ニュル24時間レースに出場するための訓練も80スープラだった。
当時を振り返ってこう話す。
「スープラはすでに生産が終わっていました。しかし、当時は中古のスープラしかニュルブルクリンクに耐えられるクルマがなかったのです。何度もコース上で欧州メーカーが開発中のスポーツカーに抜かれた時に『トヨタさんにはこんなクルマを作るのはムリでしょう!?』という声が聞こえてきました」。
あの時の悔しさを今も忘れず、自分自身の原動力になっているというのだ。さらにこう続けた。
「15年前、私はある日突然、マスタードライバーを(成瀬さんから)引き継ぐことになりました。成瀬さんが私に残してくれたクルマづくりの秘伝のタレは、あの悔しさだったんだと思います」。
豊田章男会長はスポーツカーの開発を式年遷宮に例える。20年ごとに神様を新しい神殿に移す神聖な儀式のごとく、スポーツカーづくりは技術と思想の伝承が必要なのだと話す。
1967年、トヨタは2000GTを発売した。1978年にはセリカXX(北米名スープラ)を発売し、スープラは4代続くが、2002年に排ガス規制に対応できず販売が中止となった。
MR2もセリカも廃止されるなか、LFAが登場したのは2010年だった。豊田章男会長は(LFAは)本来は2000年頃にやるべきものだったと言う。20年が30年になってしまったことで、スポーツカーをつくれる人材も思想も哲学も、多くが失われてしまったと指摘する。
そして、「誰かが言わないと、また30年になってしまう。だからLFAから20年の2030年に間に合うようにやりなさいよ」と言ってきたと明かす。ただし、LFAの時と今回では自分の立場は違うと言い、こんな話をしてくれた。
「私がマスタードライバーを受け継いだのは突然でした。成瀬さんが事故で亡くなった時、私に運転技術が備わっていたかといえば備わっていなかったと思います。
私自身マスタードライバーというものが何なのかを自問自答し、答えが見つからないなかでも、見よう見まねというか、教えてもらいながらやってきたんです。
だから、今回の式年遷宮は、私のような苦労はさせたくない。いろいろ仲間と一緒に作っていける環境を整えてあげたい。そう思ってやってきました」。
想像する以上にマスタードライバーを務めることには重圧があり、成瀬弘さんという存在が大きかったかがわかる。
















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