トヨタの販売が、長い間日本一であり続ける理由には、会社の信頼度や商品の良さがある。しかし、それだけでは、「販売のトヨタ」と呼ばれるまでにはならなかったと思うのだ。販売現場で働く営業マン一人一人が、世界一の質を持っているからこそ、販売のトヨタが存在するのだろう。実際、トヨタの営業マンは何が凄いのか。平成の時代を駆け抜けてきた中堅・ベテラン営業マンには、ある共通の特徴があった。
文:佐々木 亘╱写真:adobe stock
■売りに行くのではない!勝手に売れていく不思議な現象
金融業を経てからトヨタの営業マンとして働きだした筆者。営業や事務仕事のノウハウを持った状態でトヨタ販売店に入社したが、そこで体験するのは「営業」という名の「ファン作り」だった。
入社当時、相談相手として3歳年上の先輩がついていた。この先輩は多くの人が想像するゴリゴリの営業マンという感じではない。
しかし、先輩が販売に苦労する姿はほとんど見たことが無いのだ。「買ってください、お願いします」などという言葉も、聞いたことはない。
何度か同席させてもらった商談の席で出てくるのは、ほとんどが世間話や身の上話。お客さんが日ごろの愚痴や、子供の成長などを楽しそうに話すのである。
ひと通りお客さんの話が終わると、先輩が切り出すのは「それで、今回はどうしましょうか」という一言。すると「じゃあまたお願いね」とお客さん。この時点でクルマの注文が決まっている。あとは好みの仕様を聞き出して、注文書に判を捺してもらうだけの流れだ。
別のお客さんでも、同じような展開で注文書が刷り上がる。魔法を見ているかのようだった。先輩が、クルマを売るために必死に電話をかけ、手紙を送る姿などもほとんど見たことない。ただそれでも、販売台数は常に会社でトップクラスのスーパー営業マンだった。
■用事が無くても電話をするのがトヨタトップ営業マンの証
トヨタには、一流の顧客管理システムがある。
システムでは車検や点検時期での電話誘致のタイミング、商談後のフォローのタイミング、調子伺いや来店後の感謝メッセージなどの時期を表示する。
これで、いつ誰に連絡すべきなのかがすぐわかるのだ。この通りにお客さんと話を進めていけば、仕事の抜けはなくなる。
ただ一つ問題がある。それは時々、何の用事もないのに「お客さんに連絡をしろ」とシステムが表示してくることだ。システム的には「接触間隔が空いているから」表示が出るのだが、この対処が勝手に売れる営業マンと普通の営業マンで異なってくる。
普通の営業マンは「この人に今連絡する用事は無いから、不要な知らせだ」とシステムの提案を削除してしまう。しかし、勝手に売れる営業マンは、このシステムの表示にしっかりと従うのだ。
たとえ用事が無くても電話をかける。電話の内容は「最近どうしているかなと思って」という感じ。先輩が「顔見てないから忘れちゃいますよ!一回お店に来てくださいよ」と、用事の無い電話で冗談を飛ばすことも多かった。
こういう一見すると意味のないタイミングで、全く内容のない連絡をしてくるのは、トヨタ営業マンの特徴だと思う。他メーカーの営業マンからは、意味のある(用事のある)電話だけが来ることがほとんどだ。
この電話の意味が分かったのは、筆者が入社してから1年になるころ。用事の無い電話が深い人間関係を生み出し、結果として「クルマを買うならアイツしかいない」と顔が浮かぶ存在になる。それが魔法のような商談と、注文書の山に繋がっていった。
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