ニュルブルクリンクといえば多くの自動車メーカーが新車開発の現場として採用する、ドイツにある難攻不落の難コース。これまでも日産GT-Rや、ホンダNSXなど多くの名車がその地で鍛えられた。
しかし!! なんとまもなく6月25日に発表になる新型クラウンまでもが、ニュルブルクリンクを走ってテストしているというではないか。ほぼ国内専用モデルのクラウンに、ニュルでクルマを鍛える必要はあるのか?
そんな疑問を元にニュルブルクリンクを走る意味を聞いてみました。
文:鈴木直也/写真:ベストカー編集部
■ニュルを神格化する理由とそのご利益
クルマの開発、とくに高性能車の操安性や耐久性のテストに、いまやニュルブルクリンク北コースは欠かせない存在となっている。
最初は「一般道や普通のサーキットでは見えてこない限界域の性能を試す場所」だったはずだが、それが高じて「ロードカー仕様のまま8分を切りました!」といったタイム競争が始まったり、最近はニュルの位置付けもちょっと迷走気味という印象だ。
それでも、やっぱりニュルにはクルマの開発者を惹きつける魅力があるらしい。まもなく発表になる次期クラウンは、どうやらシャシー開発の最終確認としてニュルを走り込んだといわれている。
基本国内向けの、しかも伝統的な高級車が「何用あってニュルへ?」と聞きたくなるが、ひとつには「自分たちのクルマが世界的に見てどのくらいのポジションにいるのか?」というベンチマーク的な意味あいがある。
クラウンにとってもっとも重要な開発テーマは、いうまでもなく静粛性などのコンフォータビリティだが、だからといってパフォーマンスをなおざりにしていいわけじゃない。
パワフルなエンジンはドライビングプレジャーに不可欠だし、優れたハンドリングやブレーキのタフネスは安全性にも直結する。そういうダイナミック性能を世界の高級車ブランドと比較するには、ニュルは相変わらずもっとも適した実験場なのだ。
もうひとつ、ニュルは技術者を鍛える修練の場という意味で、他に得難い独特の魅力があるらしい。1980年代後半の日産には、後にR32GT‐Rなどを産み出す“901活動”という草の根運動があった。
血気盛んな若手技術陣は「世界に通用するスポーツカーを作るなら、欧州の名門がテストの場として使っているニュルへ行くべき」と上司を説得し、S13シルビアのボディにR32GT‐Rのパワートレーンを組み込んだ実験車でニュルに乗り込むのに成功する。
しかし、日産チームはここでニュルの手荒い洗礼を浴びてコテンパンにされてしまう。おなじみ“現代の名工”加藤博義さん(車両実験部テストドライバー)に当時の話を聞くと
「タイムアタックどころか、油温がヤバくなって半周でギブアップよ。ノーマルポルシェがガンガン走ってるのを横目に悔しかったねぇ」
という惨憺たる結果。持ち込んだ実験車は、日本国内のサーキットを満足に走れるレベルには仕上がってたはずなのに、そんな常識がまったく通用しない過酷な試練が待っていたのだ。
■極限状況を経験することは単なる”自己満”にはならないか?
こういうハッキリしたターゲットが見えると、エンジニアは燃える。発売まで一年もなかったのに、市販されたR32GT‐Rは8分20秒台でニュルを周回するまでに成長。ホンダもNSXの開発最終段階でニュルテストを実施し、ボディ構造の大幅強化を行うなどの成果を得る。
ニュルの地を踏んだ日本の第一世代のエンジニア、テストドライバーたちは、みんな揃ってガーンと頭をぶん殴られたようなショックを受けたのだが、逆に乗り越えるべき新しい目標を見つけて大いに奮い立ったのだ。
日本勢のニュル初挑戦から30年以上が経って、いまのニュルには当時のようなサプライズはないかもしれないが、それでも見ると聞くとでは大違い。初めてニュルを体験する若いエンジニアや開発ドライバーにとって、依然それは“Green Hell(=緑の地獄)”であることに変わりはない。
最近のトヨタは、GAZOO Racingによるニュル24時間レースの挑戦を継続しているが、それも世代を超えてニュル体験を継承してゆく意図の表れといっていい。
そんなわけで、クラウンがニュルを走っても少しもヘンじゃないのだが、そうはいっても最近は「ニュルの副作用」といった現象が批判的に語られることも増えている。
誰が見ても過熱気味なのは、いうまでもなくラップタイム競争だ。ニュル北コースの絶対ラップレコードは、83年のWECでシュテファン・ベロフがポルシェ959でマークした6分11秒13。
これは、安全性の観点からたぶん永久に破られない絶対レコードと思われていたのだが、最近は911GT2RSの6分43秒やマクラーレンP1の6分33秒など、じわじわそのレードに迫っている。
なんかいずれ恐ろしいことが起きそう。そんな予感がするのはワタシだけじゃないと思うのですが……。
また、これは最近某社のエンジニアに聞いた話なのだが、ニュルテストが定番化してしまうと、一般ユーザーには不必要なボディ補強や強化パーツなど、要らない装備が増えるという現実があるらしい。
まぁ、スポーツカーなんかはそれもまた自己満足のための勲章だからいいのだが、ミニバンやSUVまでその流れに巻きこまれるのは考えもの。
ニュルテストの結果、限界域でしか意味のない改良が行われ、クルマが意味なく重くなったりコストアップするとしたら、それは「なんか本末転倒では?」と言わざるを得ない。
扱いようによっては毒にも薬にもなるニュルテスト。はたして、次期クラウンがどういう成果を得たのか、たいへん興味深いものがありますねぇ。
◆ニュルブルクリンク(北コース) 基本データ
・所在地/ドイツ・ラインラント=プファルツ州
・アクセス/フランクフルト空港より車で約1時間半
・開設年/1927年
・コース長/20.8km
・主な開催レース/ニュル24時間耐久、F1(1983年以前)
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