クルマの性能を表す目安の一つが「馬力」だ。最近はキロワットで示すのが主流ながら、馬力という言葉が放つ、より力強さが伝わる響きの良さは変わらない。そんな馬力を主題に置きつつ、バスにアプローチしてみよう。
文・写真:中山修一
■たくましい商魂が生んだ“馬力”という単位
単位の「馬力」が誕生したのは、今から250年くらい前だ。もともとは大型の蒸気機関の能力を知ってもらう目安として考え出された。
蒸気機関の能力を馬に例える手法はさらに古くからあり、発明家のトーマス・セイヴァリ(1650-1715)が、1700年代初め頃に自身が開発した蒸気式ポンプの性能を「1台で馬10〜12頭分」と表現している。
馬力の概念を確立させたのは、同じく発明家で技術者のジェームズ・ワット(1736-1819)だ。当時、蒸気機関の活躍が見込める産業に鉱山があった。
鉱山から湧き出る水の汲み上げ作業に使うのが主な役割で、ニューコメン型と呼ばれる蒸気機関が知られていた。
1770年代、ワットは自身が設計した低燃費の蒸気機関を鉱山会社に売り込み、旧式のニューコメン型を置き換えてもらい、浮いた石炭代の一部をロイヤリティとして徴収するビジネスモデルを思いついた。
この戦略はそれなりに上手く行ったようだが、一部の鉱山会社ではニューコメン型どころか蒸気機関自体を一度も活用した実績がなく、蒸気機関が担うべき箇所の作業にも依然、馬を使っていた。
馬に頼っている鉱山会社に蒸気機関を買ってもらうには、一台で馬何頭分の働きに相当する効果が得られるかを、数値でハッキリと示す必要が生じる。そこで編み出された表現方法が「馬力」だったのだ。
■で、1馬力ってどれくらいの力?
1馬力がどれくらいの働きをするのか、数値で表した場合、75kgの物体を1秒間で1メートル持ち上げる(動かす)物理的な仕事の量が1馬力、となっている。
1馬力はともかくとして、じゃあ2馬力は? 75kgの物体を1秒間で2メートル持ち上げる、と思っておけば大体OKであるが、別の考え方があり、150kgの物体を1秒間で1メートル持ち上げるのも2馬力にあたる。
■バスエンジンの馬力の歴史を見てみると
馬力の話をバスの枠内に移して進めていこう。長いバスの歴史の中で、エンジンの馬力も大きく変化してきたのだろうか。
まず1900年代の自動車が誕生して間もない頃であるが、バスに使われる車体でも20馬力程度が普通だったようだ。
公共交通機関としてバスが発達し始める1930年代に入ると馬力も上がり、日本で使用されていた車両の場合、路線車で70〜100馬力くらいだ。
戦後1950年代も70〜100馬力クラスのエンジンを積んだ路線車が多い。1960年代に入ると、車体が大型化したのもあって急激な性能アップが起こり、130〜215馬力と、200馬力台のものが出てくる。
1970年代には250馬力を超えるエンジンを搭載した車両も登場するが、200馬力台が現代の路線車に求められる程よいパワーの着地点だったようだ。1980年代にかけて、大型路線車では195〜275馬力ほどで推移していく。
路線車に300馬力台のエンジンが積まれたのは1990年代だ。ただし数はそれほど多くないようで、一般的な車両には240馬力クラスのエンジンが使われていた。
最近見られる路線車に300馬力クラスが搭載される機会は殆ど見られなくなり、大型路線車で240〜270馬力くらい。
中型路線車の場合210馬力、小型が180馬力、マイクロバスでは175馬力程度のエンジンが主流となっている。
一方で高速車・貸切車の馬力を見てみると、1969年に登場した国鉄ハイウェイバス専用車の744形で既に350馬力もあった。
現在の高速車・貸切車においても、全長12mクラスのハイデッカータイプで360〜450馬力と、バス車両の中では特に強力だ。
高速車・貸切車には、一般道だけでなく自動車専用道路上で安定した高速走行の維持も必要になるため、パワーに余裕を持たせたエンジンを搭載するのが通例と言える。
ちなみに、当のジェームズ・ワットが考え出した「馬力」本来の使い道であった、ワットの蒸気機関は何馬力あったのか…
…ごく初期のモデルで6馬力、その後十数年のうちに改良が加えられ、190馬力程度までパワーアップしている。ビジネスとは目覚ましい進歩を生むものだ。
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