EUの規制緩和で新デザインが可能に
研究チームがトラックの新しいフロントデザインを発表した目的は、トラックメーカーがそれぞれに解釈して、自社のデザインに落とし込むことだ。
「新しいトラックのフロントですが、内部はアルミのハニカム構造になっています。つまり六角形のアルミホイルの筒を並べたような構造です。体積の97%は空気となるので、軽量で衝撃吸収性にも優れた形状です。この構造は多くのクラッシュテストで力を分散し、エネルギーを吸収するためのバリアとして使われています。
アルミの厚さを変えることで、変形時の特性を変えることができ、また、製造における柔軟性から、プロトタイプの製造や概念実証のためのデモにも適しています」。
(同氏)
この新デザインが可能になった要因の一つは、2019年に欧州で施行されたトラック全長規制の緩和だ(Decision (EU) 2019/984:トラックキャブの全長規制に関するEC指令96/53/ECを修正する欧州議会決定)。
以前の規制では、リアの貨物スペースを最大化するために(これは貨物車にとっては最も重要なことだ)トラックのフロント側はフラットとするしかなかった。このためフロントデザインのスペースが限られ、加害性を抑えるようなクラッシュ構造を組み込む余裕がなかった。
新規制では省燃費デバイスと安全装備のためにフロントおよびリア(トレーラ)側のオーバーハング延長を認めており、新デザインはこれを活用している。
交通事故死者数ゼロを目指す取り組み
スウェーデン運輸局は、自動車安全部品メーカーのオートリブ(エアバッグで世界最大手)のテストコースで新しいフロントデザインのトラック衝突試験を行なった。
その結果から、トラックのフロントデザインを改善することで、衝突された乗用車のコンパートメント部の変形は30~60%低減され、乗員の負傷リスクを大きく軽減することがわかった。いっぽうトラック側も安全に係る部分の変形が減り、トラックドライバーと貨物へのダメージも軽減可能という結果になった。
スウェーデン運輸局の上級顧問でチャルマース工科大学非常勤教授のリカルド・フレドリクソン氏は次のようにコメントしている。
「スウェーデンでは道路交通全体の6%に過ぎないトラックが、交通死亡事故の5分の1に関係しています。大型車が関係する事故で年間45名が命を落とし、90%は相手側が亡くなっています。
2030年にユーロNCAP(自動車の安全性などを評価する欧州版『新車アセスメント』)の消費者テストにトラックの衝突試験を追加できるように基準を開発したいと考えています。トラックとの正面衝突でも乗員用コンパートメントの健全性が損なわれず、人々が生き残れるようになることを願っています」。
今回の衝突試験は、通常であれば死亡事故に発展する可能性がある、最新の乗用車と大型トラックの衝突を想定して行なわれた。衝突時の相対速度は時速50kmだが、これは乗用車もトラックも新型車にAEB(衝突被害軽減ブレーキ)の搭載が義務化されているためで、実際の運行を想定して時速80kmでの走行からAEB作動により時速50kmに減速した状態で衝突させた。
以前に行なわれたクラッシュテストから、トラックと乗用車の衝突では一部の構造に荷重が集中し、望ましくない変形が起こることがわかっている。乗用車では左(スウェーデンでは運転席側に相当)前輪から運転席側ドア、トラックではサスペンションとステアリング系に衝突時のエネルギーが集中する。新デザインでは局所的な変形により、こうした力を分散させた。
なお、チャルマース工科大学とスウェーデン運輸局のほか、自動車業界も追加の試験に取り組んでいるという。
スウェーデン議会は1997年に交通事故の死者0人を目指す「ビジョン・ゼロ」を議決した。以来、死者数は3分の2になり、2020年の人口10万人当たりの交通事故死者数は1.9人だった。これは世界ではノルウェーに次いで少ない。ちなみに、内閣府のデータによると日本は2.7人(2020年)で、世界で6番目の少なさだが、ノルウェーやスウェーデンとは差がある。
ビジョン・ゼロは、輸送システム全体が「人間は間違いを犯す」という前提で設計されるべきとしている。事故そのものをなくすことはできないが、車両、インフラ、道路利用者それぞれが安全性を高めることで、死亡・重大事故を無くすという考え方になっている。
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