近年は路線バス向けの大型車を使用した「BRT」と呼ばれるタイプの公共交通機関が各地で登場するようになってきたが、そのBRTの元祖と言われている路線バスが今も福島県で活躍を続けている。JRバス関東の「白棚線(はくほうせん)」だ。
文・写真:中山修一
(バスマガジンWeb/ベストカーWebギャラリー内に、JRバス関東白棚線の写真があります)
■紆余曲折を経て今日まで来た白棚線
白棚線は、福島県の白河〜棚倉の間を、ショートカットするような経路で結ぶ交通機関として建設された。白河と棚倉(駅名は磐城棚倉)を繋ぐ路線ということで白棚線の名が付いた。
私鉄の白棚鉄道株式会社が敷いた鉄道路線「白棚鉄道線」をルーツに持ち、こちらの開業は1916年。のちの1940年に当時の国鉄が買収を行い、国鉄の「白棚線」になった。
1944年になると戦争激化によって運行休止となり、レールなどの鉄道設備が資材として供出され、路盤だけが残る形となり、近くを通る一般道経由の代替バスが運行していたと言われる。
戦後に何度か白棚線を鉄道で復活させる動きがあったものの、資材不足や予算難などのトラブルに見舞われ、ことごとく工事が中断。
その後、鉄道で復活させた場合の営業係数が320という試算結果が出るなど諸事情により、残っていた路盤を舗装して専用道を作り、そこにバスを走らせて高速化を図り、鉄道同等またはそれ以上のサービスを提供しようという案が採用された。
■BRTの定義ほぼそのまま?
鉄道での復活が断たれたことで、当時の地元の反対は相当大きかったと伝えられるが、1957年4月、国鉄自動車の「白棚高速線」の開業をもって路線復旧完了とした。
当時は東北本線の白河駅〜水郡線の磐城棚倉駅間23.579kmを結ぶもので、線路の路盤をもとに、幅4.2〜4.6m、走行幅員3.6m、厚さ40cmのアスファルトコンクリートを使用した専用道路が用意された。工費は1kmあたり600万円であった。
1969年になると、東名高速を経由する国鉄ハイウェイバスが登場することになり、それに合わせて路線名が「白棚高速線」から「白棚線」に変わっている。
開業前は反発を受けたバスの白棚線も、運行本数の増強や専用道ならではの高速化など、利便性の高さが認められて、開業後の評判はかなり良いほうへと転じたらしい。
バスの白棚線の営業係数は1977年の時点で159。100円の利益を上げるために159円の経費が必要な赤字ではあるのは確かだ。
とはいえ営業係数320、結果的には500を超えていただろうと予想された鉄道よりも目に見えて経費が圧縮されているのと、国鉄バス全体の同年の平均営業係数が173だったので、平均値で見るならそれほど悪くはない成績と言えた。
また、現在の国土交通省が提唱するBRTの定義に「速達性、定時性、輸送力、利便性」があり、これら定義に運行特性がほぼ合致することから、最近はBRTの元祖として白棚線が注目されるようになった。
■ちょっとずつ形を変えながら今も健在
今や元祖BRTの名誉を得た白棚線。2026年2月現在、国鉄バスを引き継いだJRバス関東の一般路線バスとなり、白棚線の路線名のまま健在だ。
運行区間は白河駅〜新白河駅〜磐城棚倉駅間およそ27.5kmで、一部の便は磐城棚倉駅から少し先の祖父岡バス停までの30.2kmを結んでいる。
車両は青と白のJRバスカラーに塗られた、ごく一般的な2扉の10.5mクラスの大型路線車が標準で使われている。後乗り・前降りの運賃後払い方式だ。
開業当初は運行区間のほとんどが専用道路だったようだが、長い歴史の中で少しずつ専用道路の区間が削られていき、今は一般道と専用道をそれぞれ通るハイブリッドな経路設定。専用道区間は関辺〜磐城金山間の約5.4kmだ。




