1982年にデビューした初代三菱 パジェロ。新たな四輪駆動車の登場により、「クロカン4WD」ブームが加速。ブームを追い風に進化を続けるパジェロは、三菱自動車の前進に大きく寄与した。三菱とパジェロの歴史を改めて振り返る。
※本稿は2026年9月のものです
文:片岡英明/写真:三菱、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2026年10月10日号
パジェロと「四駆の三菱」の歴史
三菱は4輪駆動車に長い歴史を誇る自動車メーカーだ。戦前の1935年にS6型ガソリンエンジンを積むPSF33型を、翌年には軍制式のX型エンジンを積むPX33型を試作したが、量産には至らなかった。
戦後は1952年、米国ウイリス・オーバーランド社と契約を結び、1953年からジープのノックダウン生産に乗り出している。1956年には国産化が完了し、徐々にバリエーションを拡大していった。
クロスカントリー4WDの代名詞と言われ、群を抜く悪路走破性を誇る三菱 ジープの存在が、パジェロの誕生には深く関わっている。
三菱 ジープの販売契約は日本国内に限定され、輸出できなかった。ライバルは魅力的なクロカン4WDを相次いで送り出し、海外でも人気者になっている。そこでジープで培った高い技術力と有形無形のノウハウを駆使しながら、ジープと性格の違う快適性の高い4WDの開発に乗り出した。
積極的に新しい技術を盛り込み、SUVブームの扉を開く「パジェロ」が登場するのは1982年4月だ。4ナンバーの商用車登録としたキャンバストップとメタルトップを設定し、心臓は2Lの4気筒ガソリンと2.3Lディーゼル、そしてディーゼルターボを用意した。
タフなラダーフレーム構造に加え、低速/高速2段の副変速機も装備するパジェロは、卓越した走破性能を武器にRVブームを牽引した。1983年にはメタルトップワゴンと7人乗りロングボディのエステートワゴンを投入。さらにはガソリンターボまで送り込んだ。
モータースポーツで鍛え上げた技術力と信頼
パジェロのイメージアップに大きく貢献したのが、パリ・ダカールラリーでの活躍である。1983年に初参戦し、いきなりクラス優勝を勝ち取っている。そして1985年には早くも総合優勝を飾った。これは日本車として初の快挙だ。
1997年には篠塚建次郎が待望の優勝を遂げ、21世紀に入っても2001年から2007年まで、増岡浩の2連覇を含む前人未踏の7連覇を果たしている。
パリ・ダカなど、ラリーレイドでの活躍に加え、アウトドアとRVブームがパジェロ人気を後押しした。初代は累計生産台数60万台を超えるヒット作となり、1991年には初のモデルチェンジを断行する。ボディはひと回り大きくなり、インテリアも上質な仕立てだ。
乗用車登録のワゴンを主役に据え、4WDシステムはパートタイム式とフルタイム式の両方の長所を併せ持つ『スーパーセレクト4WD』へと進化させた。走行中に2WDとフルタイム4WDを切り替えることができ、世界初のマルチモードABSも装備するから、ビギナーでも実力を無理なく引き出すことができた。
過酷なステージでの知見を得て、技術革新にも積極的に挑んだ。排気量を拡大しただけでなく、スポーツモード付きの5速ATなども開発した。’97年5月には時代の先を行くV6筒内直接噴射(直噴)のGDIエンジン搭載車も投入する。
また、ラリーレイド参戦のベース車両となる「エボリューション」も限定発売した。ランサーエボリューションとリンクさせながら、三菱は高度な4WD技術を磨いていったのだ。


















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