ネオステアが開くバリアフリーの未来!! パラアルペンスキーの森井大輝選手が教えてくれた開発秘話

ネオステアが開くバリアフリーの未来!! パラアルペンスキーの森井大輝選手が教えてくれた開発秘話

「Mobility for All(移動の可能性をすべての人に)」を掲げるトヨタが開発したネオステア。バイクのように手元に操作系を集約した、まったく新しいステアリングが生まれた背景には、あの人の存在があった。開発に携わったパラアルペンスキーの第一人者森井大輝選手にお話を伺った

文:井口華音/写真:トヨタ

【画像ギャラリー】まるでゲームみたいに操作できればいいのに!! ハンドルで全て操作できるネオステアが凄い!(5枚)画像ギャラリー

■豊田章男会長との出会いがネオステアを生んだ!

森井大輝(もりいたいき)選手は1980年7月9日生まれ。2002年のソルトレークシティから6回連続パラリンピックに出場し、獲得したメダルは銀4つ、銅2つ。2026年のミラノ・コルティナでは悲願の金メダルを目指す
森井大輝(もりいたいき)選手は1980年7月9日生まれ。2002年のソルトレークシティから6回連続パラリンピックに出場し、獲得したメダルは銀4つ、銅2つ。2026年のミラノ・コルティナでは悲願の金メダルを目指す

「モータースポーツこそ、バリアフリースポーツだ!」  

 そう語るのは、パラアルペンスキー競技で2002年のソルトレークシティパラリンピックより6大会連続出場しているパラアスリートのレジェンドこと、森井大輝選手だ。休みの日には、家族でディズニーランドに出かけたり、趣味でカートを楽しんだりしている。

 カート歴二年目にして今年初めてバナナスピンから盛大にクラッシュをした私にとっては、親近感の湧く話だ。しかし、森井選手と戦ったら私は一瞬でコテンパンにされるだろう。そんな森井選手にとって、モータースポーツは健常者も障がい者も分け隔てなく楽しめるきっかけであり、その想いの背景には、彼自身の体験がある。

 サーキットに足を踏み入れると、そこに段差やバリアは存在しない。例えば富士スピードウェイでは、車いすで自由に動き回ることができるのだ。さらに、ハンドコントロールが装備されたカートに乗れば、健常者も障がい者も同じ条件で競い合うことができる。森井選手は、こうした「ノーマライゼーション」を体感できる機会こそがモータースポーツの魅力だと語る。

 そんな彼の経験と情熱が結びついたのが、トヨタ自動車が開発した「ネオステア(NEO Steer)」。走る、曲がる、止まるをステアリングとそのまわりだけで操作できるように設計された革新的な新技術だ。

ネオステアはアクセルレバーとブレーキレバーがステアリングのそばにあり、手元ですべての運転操作が可能だ
ネオステアはアクセルレバーとブレーキレバーがステアリングのそばにあり、手元ですべての運転操作が可能だ

 ネオステアの誕生は、トヨタ自動車の豊田章男会長との出会いから始まる。ある日、森井選手がトヨタイムズの収録に向かうと、豊田章男会長が姿を現し、森井選手が乗っていたランドクルーザー200を見て「君はこれに乗っているのか?」と尋ねた。

 森井選手は緊張したがこんな機会はないと思い、「この手動装置は片手でアクセルとブレーキを操作し、もう片方でハンドルを握る片手運転で大変なんです」と正直に訴えた。すると、豊田会長は「バイワイヤーだな」と即答した。

「ゲーム機のグリップコントローラーのように操作できれば、もっと楽に運転できる」と森井選手の思いを聞き、豊田会長は「よし、やろう!」と即決。その日の夕方には、ネオステアの開発プロジェクトが爆誕しちゃったのである。

 これだけ早く動いたのも「Mobility for All(移動の可能性をすべての人に)」という理念を掲げ、パラアスリートや障がいを持つ人々に対して敏感にアンテナを張っていた豊田会長の存在があったからこそ。

 その決断力と実行力は疾風怒濤のごとし! まるで四コマ漫画のような展開だ! 豊田会長、恐れいりました!

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■開発スタートからわずか半年でできちゃったネオステア!

福祉車両というとコンパクトカーが思い浮かぶが、カッコよくどこまでも走っていけるランクル250にネオステアを装着したところに開発陣の思いが込められている
福祉車両というとコンパクトカーが思い浮かぶが、カッコよくどこまでも走っていけるランクル250にネオステアを装着したところに開発陣の思いが込められている

 プロジェクトが始動してから、森井選手のアイデアは次々と形になっていった。1カ月で設計が完成し、2~3カ月後にはグランツーリスモのシミュレーターでネオステアを体験できるようになった。

 さらに半年後には実車に搭載され、ワインディングのあるテストコースでも走行できるようになった。森井選手は、その時の感覚を鮮明に振り返る。

「今まで、こんなにスピード(70~80km/h)を出してワインディングを走ったことは初めて。片手運転では姿勢がぶれてしまって、ハイスピードでコーナーに入ることができなかったけど、ネオステアだと、両手でしっかりステアリングを握ることができるんです。ステアリングをちょっと押すだけで体がシートに固定される感覚があり、こんなに上半身が安定した状態で運転したのは初めてでした!」

 森井選手が特に驚いたのは、ネオステアが90度でステアリング操作を完結させる点だ。これにより、従来のようにハンドルを大きく回す必要がなくなり、姿勢を崩すことがなったという。また、長時間のドライブで疲労が溜まらないように設けられたステアリング下辺の「手の置き場」でさらに快適さアップ!

「気づいたら1時間半くらい乗っていました。『このままクルマを持ち帰りたい!』って思いましたね(笑)。自動車に乗ることがこんなに楽しいものだとは思いませんでした。あ、Fun to drive(運転する楽しさ)ってこういうことなのかって!」

 森井選手が目指したのは、単なる福祉車ではなく、誰もが「カッコいい!」と思えるものだった。その結果、障がい者にとって使いやすいものは健常者にとっても同様に使いやすいという発見があり、「カッコよさ」と「使いやすさ」は共存できると実感したという。実際に私も触れてみたが、ネオステアはカッチョイイ! ハリウッドの未来映画に出てきそうなステアリングだ!

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■「Mobility for all」は「区別しないこと」。障がい者と健常者が一緒になり、モータースポーツを楽しみたい

森井選手が出場するチェアスキーはサスペンションやショックアブソーバーが組み込まれ、クルマの動きに近いところがある
森井選手が出場するチェアスキーはサスペンションやショックアブソーバーが組み込まれ、クルマの動きに近いところがある

 しかし、まだ課題はある。森井選手が指摘するのは、「Mobility for All」のさらに先を見据えた取り組みだ。彼はこう語る。

「どこかに遊びに行けるようになっても、次に困るのはトイレ。例えば多くのキャンプ場には車いす用のトイレが設置されていないことが多く、これでは行ける場所が限られてしまいます。」

 トヨタは車いすの方も安心して利用できる『モバイルトイレ』をLIXILと共同で開発し、移動の先にある課題にも目を向けている。こうした問題は自動車メーカーだけでなく、社会全体で取り組むべき重要なテーマだと言える。

 そして、森井選手は「心のバリアフリー」にも注目している。日本では物理的なバリアフリーは進んでいるが、心のバリアフリーはまだ不十分だと指摘する。

「例えば、東京の街中では、地下鉄などの階段を障がいのある方が降りる時に遠くから見守るだけで、声をかけて手を差し伸べる人は少ないと感じます。でも、ヨーロッパではすぐに声をかけ、助けを差し伸べる人が多いんです」。こうした小さな気遣いが、生活のしやすさに大きく影響すると語る。

トヨタがLIXILと共同で開発したモバイルトイレは牽引によって移動することができ、なだらかなスロープや車いすでも回転しやすい空間などを持つのが特徴。いろいろなイベントで実際に使われ、高い評価を得ている
トヨタがLIXILと共同で開発したモバイルトイレは牽引によって移動することができ、なだらかなスロープや車いすでも回転しやすい空間などを持つのが特徴。いろいろなイベントで実際に使われ、高い評価を得ている

 また、障がい者に対する認知の向上も重要だと森井選手は考える。彼はパラスポーツを通じて発信を続けているが、「企業や地域社会がパラスポーツを通じて障がい者との接点を増やすことで、誰もが暮らしやすい街を作れる」と期待を寄せている。

 神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会でネオステアを披露した際、ある外国人がクレジットカードを差し出して「このクルマを売ってくれ」と言ったという。これには森井選手も感激したようだ。この技術には大きな可能性と希望が詰まっている。

「ネオステアを搭載したスポーツカーで、障がい者と健常者が一つのチームを組み、耐久レースに出場することが夢です。障がい者のメカニックやドライバーが、当たり前のようにモータースポーツを楽しむ時代が必ずやってくると思います」。

 社会が変わるには、一人ひとりの行動が鍵を握る。すべての人が生きやすい世界を目指すためには、まず心のバリアフリーを意識し、理解を深めることが重要だ。これなら私たちもすぐに取り組んでいけるはず!

「モータースポーツこそ、バリアフリースポーツだ!」という森井選手の言葉が、いよいよ現実のものになりつつある。そして、その日が来たときには、私もサーキットで森井選手と対戦し、一緒にその風を感じたい!

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