令和8年10月のバス占い記事の本編は、津市にある市杵島姫神社の参拝レポートだ。しかし下車するバス停名がおどろおどろしい。その理由とは?本稿には四柱推命による令和8年10月のバス占いを付録しているので合わせてお楽しみいただきたい。
文/写真:東出真
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
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■津市を知ってます?
今回のパワースポットは三重県津市なのだが…。津は「つ」という1文字の地名と駅名で知られ、意外にもうなぎ料理店が多く市民1人あたりの消費量日本一になったこともある。
名古屋めしの味噌カツや天むすの発祥は津であったり、ベビースターラーメンの本社・あずきバーの本社があるのも津である。ニッチな所では世界で唯一、ルーブル美術館の姉妹館がある。
■水の女神様
津の市街地にある市杵島姫神社に向かう。津駅前からバスで「エンマ堂前」という天国と地獄の境目のようなバス停で下車するが、ここが市杵島姫神社の敷地である。境内はやや広めで、車は1台止まっていたが周辺に人影はなく静かだ。
奥に鳥居があり、その先に橋が架かり社殿がある。それぞれの距離はなく、なんとも縮こまった感じだが、神域はしっかりと確保されている。筆者も参拝を済ませると、横に社務所があり、ガラス戸越しに御守りや絵馬、おみくじの授与も行われるのだろうが、カーテンが閉じられており不在だったようだ。
鳥居横には大銀杏がそびえており、注連縄が巻き付けられていて御神木であることを示している。説明書きによれば昭和の伝説となった火防せのご神木なのだそうだ。第二次世界大戦時、空襲により津市は壊滅的な被害を受けたが、住宅地に広がった火の手が市杵島姫神社の裏手まで来た時、突然風向きが変わって火の手が収まり社殿や境内、また神社に続く住宅地も延焼を免れたという。
市杵島姫神社に祀られている市杵島姫命(いちきしまひめ)は水の神であることから火を遮ってもらえたとか、この御神木の大銀杏がもうもうとした湯気のようなものを吐き出して神社を包んだともされ、防火に霊力を発現された霊験あらたかな御神木だといわれるようになった。
市杵島姫神社は江戸時代に津の城下町から松阪へと向かう伊勢街道沿いにある。記紀の「宗像三女神(むなかたさんじょしん)」の一柱である市杵島姫命(いちきしまひめ)を主祭神とする。市杵島姫命は水や海の神であり、また仏教の弁才天と習合したことから入口横の看板に「通称 弁財さん」と書かれている。地名の「下弁財町」は、弁財さんが由来と言われている。
■閻魔大王は?
そしてこの隣には真教寺の閻魔(えんま)堂がある。正式には真教寺であるが地元の人たちからは「エンマ堂」の愛称で親しまれている。バス停の「エンマ堂前」はこの閻魔堂のことだ。真教寺は津城下の町はずれ、角町の守護として1607年(慶長19年)藤堂高次公により建立された。
天台宗総本山延暦寺の末寺で、宿場の入口で行き来した旅人たちの姿を見守ってきた御本尊が閻魔大王であることから、いつしか閻魔堂というようになったという。御堂の中には閻魔王坐像、倶生神半跏像、闇黒童子半跏像の三体が置かれ、中央には高さ2mを超える闇魔王が座り、あごひげに首をうずめ、眼を大きく見開いて、口を開いて怒りの表情をしている。
左側には倶生神が、右側には闇黒童子がある。またこの三体を主神として両側に平安時代に作られた阿弥陀如来坐像、円空作の十一面観音立像がある。ただし先代御住職が他界されて以降は無住職寺となっているので、いつでも拝観できるわけではない。筆者が訪れた日は御堂の扉に貼り紙があり、書かれた日には住職が在寺しているという案内があった。訪れる際には気を付けていただきたい。
今回は津市の市杵島姫神社、そして真教寺の閻魔堂についてお届けした。市杵島姫神社へは津駅前2番のりばから三重交通52系統「イオンモール津南」行きに乗車し約15分の「エンマ堂前」下車。毎時2本程度の便数なので、滞在時間30分でもゆっくりと見て回ることができるだろう。
閻魔とは仏教における地獄や冥界の主であり、死者の生前の罪を裁く閻魔大王のことだが、地獄へ落とすか極楽へ行くかを決めるという印象が一般的だ。本当に裁きを受けるかどうかは別にしても、何事も普段から平穏無事で善行を重ねることが極楽行きのキップなのかもしれない。小窓から像を見ることは可能なので、生前に顔見知りになっておくことをおススメする。










