「乗り物」の愛好家に「図面好き」は多い。実際、愛車やそのエンジンの図面を収集されているコレクターも少なくないだろう。今回ご紹介したいのは、80年前に編纂された戦闘機「紫電改」の「取扱説明書」だ。当時の搭乗員や整備兵のために書かれたこの冊子には、その機体やエンジンの構造や、メンテナンス方法などが詳細に記されている。80年前には国家機密だった冊子だ。現物がほとんど残っていない今となっては、このうえなく希少な資料だと言えるだろう。
文/鈴木喜生、アイキャッチ写真/USA(昭和20年1月、川西航空機、鳴尾工場で撮影された紫電改)
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読めば名機が蘇る! 紫電改の「取扱説明書」
大日本帝国海軍が発注し、川西航空機が開発した戦闘機「紫電改」。当時、日本軍の戦闘機のなかでも特に優秀な機体とされた紫電改は、零戦の後継機として運用された機種のひとつであり、大戦機マニアにおける人気は今も高い。
しかし、終戦直前の1944年(昭和19年)に実戦投入されたこの機体は、生産された機数が限られていて、日本が敗戦国であるという事情もあってその現存機は極めて少ない。今では愛媛県愛南町の「南予レクレーション都市 紫電改展示館」や、「アメリカ航空宇宙博物館」、いわゆるスミソニアン博物館など、世界に数機が静態保存されているにすぎない。
ただ、この機体を知るための貴重な資料としては、当時の搭乗員や整備兵のために編纂されたマニュアル「紫電改取扱説明書」が残されている。かつては当然ながら極秘資料であり、現存しているものもほとんどなく、ごく稀に稀覯本やコピーが出回るばかりだ。
しかし、この「紫電改取扱説明書」は、実は防衛庁の史料館にオリジナルが保管されている。館外に持ち出すことはできないが、手続きを踏めば誰でも閲覧することができるのだ。
単なる「図面」ではない「ナマの教科書」
308ページからなるこの取扱説明書は、機体の概略に続いてすぐ「重量及重心点」が説明されている。この頁建てから考えても、この書籍が実践マニュアルであることがわかる。同型の戦闘機でも、搭載する整備や燃料などによって重心位置が変わる。飛行性能に大きく関わる重心位置を、搭載する装備のバリエーションとともに、この取扱い説明書の冒頭には一覧化して掲載されているのだ。
さらに「構造と組立法」「兵装」「保安装置」「電気装置」と章が続くが、その解説文とともに200点以上の図面、解説図が挿入されていて、紫電改という機体の詳細を把握し、イメージできるよう編纂されている。
後半には機体の「点検・検査法」、地上における「機体取扱法」などが解説され、最後に「動力装置」、つまりエンジンの取り扱い、点検法などが記されている。
この分厚い冊子は紫電改を実際に操縦士し、またはメンテナンスするために徹底して書かれた手引き書だ。概念的で客観的な設計図とは一線を画し、その機体の癖までも生々しく読み取ることができる教科書である。こうした内容からも、戦後80年弱が経った今、紫電改を把握するための資料としてはもっとも貴重な資料だといえる。
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