遠くプリンス自動車の時代から、日本の自動車の原風景に存在するスカイライン。日産 スカイラインとなり、数々の輝かしい記録、栄光の名車を生み出してきた。おなじみの評論家陣3世代に「スカイラインと私」を語っていただいた!!
※本稿は2025年6月のものです
文:斎藤聡、岡本幸一郎、西川昇吾/写真:日産、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2025年7月10日号
ハコスカのGT-Xがセダンボディ好きの原点:斎藤聡(60代)
小学生の頃、家の駐車場の隣にハコスカのGT-Xが止まっていた。エッジの効いたボクシーなスタイルが、いかにも強そうで、速そうでカッコよかった。
GT-Rの存在を知りハコスカへの憧れはいよいよ強くなっていった。ボクのセダン好き(3ボックススタイル好き)は、記憶をたどってみると、このハコスカによってインプリンティングされたのだと思う。だからボクにとって、スカイラインといえばハコスカのことなのだ
しかしハコスカだけではなく、その後に続くケンメリ、ジャパン、ニューマン/鉄仮面、7th(セブンス)のGTS-Rと、スカイラインに対する思いはずっと続いていて、R32GT-Rを購入。ついに憧れのGT-Rを手に入れた……、というくらいスカイラインには思い入れがある。
子どもの頃に父が買ったケンメリにときめき:岡本幸一郎(50代)
クルマに早熟だった僕にとって、とても特別な存在です。小学生の頃、「スカイラインに乗りたい」とずっと言っていた父がついに手に入れたのが、濃緑メタのケンメリのセダンでした。
当時まだいっぱい走っていたハコスカも大好きだけど、ケンメリのほうがオシャレで立派に見えましたね。当時は街にもケンメリを見ない日はないほどいっぱい走っていて、凄い人気だなと子ども心に感じていたものです。
そんなこともあって、僕にとってスカイラインといえばケンメリですね。
やがて父が乗り替えたR30もまたミョーにスカイラインらしくて大好きでした。
この仕事に就いた頃には、ちょうどグループAレースをR32GT-Rが席巻していたのも強烈に印象に残っています。
R34GT-Rに魅せられた幼少期:西川昇吾(20代)
筆者にとって印象深いスカイラインはR34のGT-Rだ。
車種名をたくさん覚え始めた幼少期、やはりクルマ好きな幼稚園児にとってGT-Rという響きは特別であったし、子どもながらだが、JGTCで活躍していたイメージもしっかりと記憶している。
当時の筆者にとってスカイラインとは、GT-Rありきのサーキットを主戦場としたモデルであった。
最もスカイラインらしい世代と言われると正直難しい。年齢的に実際に運転した世代はココ数世代しかないからだ。
見た目の好みだけならR32であるが、最も「スカイラインらしい」で言えばやはりR34だと思う。GT-Rを除く上級グレードも含めたスポーツ度合いと、4ドアセダンとしてのパッケージのバランスが最も優れていると感じるからだ。
番外編……ベストカー梅木(50代)
スカイラインはクルマ好きになった原体験。子ども心にハコスカに憧れ、ケンメリにドキドキした。そんなわけで、23歳で中古のRSターボを手に入れるのは必然だったのよ。バイト大変だったけど。
スカイラインって、日常を快適に使えて、でも気合い入れて走らせるとスポーツカーを追い回せる4ドアセダンってなイメージ。その意味ではR32の4ドアタイプMがザ・スカイラインかな。



















コメント
コメントの使い方130、R31。一時、父が残したアコード2.0siに乗り、好きな日産車に戻り、今もER34に新車から26年乗っています。
多くの人の評価とは異なるかもしれませんが、長い日本車の歴史の中でも特別な存在で、自分の中ではかけがえのない車です。何時までも大切にします。