走って壊して、直して強くなる!!ランエボが育った耐久レース
この思想は、かつて開発に参加した三菱ランサーエボリューションでのスーパー耐久(S耐)参戦にも見出せる。
市販車ベースの耐久レースという枠組みの中で、量産車に採用される技術や部品の耐久性、信頼性を検証し、得られたデータを直接開発に活用していたわけだ。その象徴が国内唯一の24時間レースだった「十勝24時間レース」での活躍にある。
初期の参戦では、エンジン本体や駆動系パーツであるトランスミッションやホイールハブに熱ダレや破損が頻発し、完走すら叶わない状態だった。しかし、そうしたトラブルをひとつひとつ解析・対策することによって、最終的には24時間フルスロットル走行にも耐える信頼性を実現し、優勝を果たした。
パワーステアリングのオイルポンプ容量や信頼性、ブレーキのフェード耐性など、あらゆる部品に波及していた。
また、三菱はこの過程で「AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)」や「ACD(アクティブ・センター・デフ)」といった高度な駆動力制御システムの熟成も並行して行っていた。
これらもS耐参戦で制御を煮詰め、24時間レースで耐久性を高めてユーザーに実効性のある技術として市販車に反映させた点が評価されたのだ。
疲れさせないクルマが勝つ欧州メーカーの哲学
レースにおいて、完走を阻むのは機械的トラブルだけではない。ドライバーが極度の疲労によって判断力や操作精度を失えば、いかに車両が健全でもレースを完走することはできない。ゆえに、耐久レースにおける「快適性の追求」もまた技術課題のひとつとして浮上してくる。
欧州車、特にポルシェやBMWなどは、この「人間の限界」への配慮にも余念がなかった。ドライビングポジションの最適化、振動や騒音の低減、適度な操・保舵力、視認性の高いインパネ設計など、機械の信頼性と同時に“疲れにくいこと”を重視した開発姿勢が確認される。
実際、1980年にル・マンを走ったポルシェ962Cでは、375km/hの超高速で走るユーノディエールの直線を真っ直ぐ、静かで快適に走れ、1998年のマクラーレンF1 GT-Rではコクピットへ導かれる冷却風が効果的で、ドライバーは寒く感じるほどだった。
ドライバーに無理を強いない姿勢が一貫していて、根性で走らせる国産メーカーとは明らかな姿勢の違いがあった。こうした「ドライバーがいかにミスをせず、集中力を保てるか」を突き詰めた先に、現在の運転支援技術は構築されるべきであると言って良いだろう。
このような思想は市販車にそのまま受け継がれるべきで、長時間のドライブにおいてもドライバーが疲弊しにくく、集中力を維持できる車両設計は、単なる快適性ではなく、広義の「安全性」としても評価されるべきなのだ。
限界よりも日常へ!! レース技術がもたらす本当の価値
レース技術の恩恵は、何も限界領域における挙動安定性だけではない。むしろ、日常使用における操作フィールや安心感の中にこそ、その価値が息づいている。300km/hも出る性能は一般道では無用に違いないが、300km/hを快適で安全に走れる性能は生活道路ではドライバーに大きな余裕と精神的ゆとりをもたらすことができる。
そう意味では、近年では電子制御系の発展も著しいが、レースでの使用が制限されているのは勿体無い話だ。ランサー・エボリューションがS耐を開発のステージに選んだのは電子制御が市販車に採用されていれば使用が許可されたからだ。
ABSやACD、AYCはそうして強化された。だが現在に多くのカテゴリーではF1も含め電子制御の使用が制限されている。これはモータースポーツと量産車の関係性を考えると極めて勿体無いことなのだ。
モータースポーツ活動はしばしば経費削減の対象とされ、企業広告やブランドイメージ戦略の一環として語られることが多いが、本質的に見れば、レースとは技術開発の最前線であり、そこから得られる知見は企業にとってかけがえのない財産であるはずだ。
本田宗一郎氏がF1に挑戦した理由も、ポルシェがル・マンを継続する理由も、三菱がS耐で車両を磨き続けた理由も、その根底には「技術を鍛える場としてのレース」という信念が通底している。
「走る実験室」と言われて久しいが、それは単に性能の限界を追求するだけでなく、人と機械の関係性をより深く、より安全に築くための必要な課程あると言える。モータースポーツを技術開発の場として、レース技術と市販車の距離を近づけるべきだと常に考えているのだ。



コメント
コメントの使い方日本の車づくりの情報発信が少なくなったのは、ヨーロッパ主導の(言い換えれば常にヨーロッパ有利な)モータースポーツばかりになったから。
日本国内なら日本国内のモータースポーツを育てれば、車やモノづくりに興味のある若者を増やすこともできるだろうに。
そんな土壌ができないのも、自動車輸出国である国が後押ししないからなんだろうね。