軽自動車は単なる経済的にやさしいクルマではない。日本独自の厳しい規格の中で技術と情熱を注ぎ込み、時に常識を超えた1台を生み出してきた。軽自動車大国日本では、これまでたくさんの名軽自動車が登場してきたわけだが、なかにはプロのレーシングドライバーが本気で「すげえ!!!!」とうならされる軽自動車まであった!
文:中谷明彦/画像:ホンダ、スズキ、三菱、ベストカー予想CG
【画像ギャラリー】「パジェロミニ復活したらこうなる!? これは素直に欲しい!!」(16枚)画像ギャラリー憧れだった水中メガネのホンダ Z
軽自動車という存在は、常に日本の道路環境と産業構造が生んだ、極めて特殊な産物だと言える。
その出発点は360ccという、世界的に見ても極小のエンジンを搭載したクルマだった。車両寸法も出力も厳しく制限され、移動の最小単位と呼ぶべき規格であったはずが、現代では排気量は660ccへと拡大され、ターボチャージャーやマイルドハイブリッドまで組み込まれたモデルも存在する。単なる経済車の枠を越え、技術実験の場としても進化してきたのが軽自動車だ。
僕が軽自動車に特別な感情を抱くようになったのは、少年期の記憶に起因している。最初に「欲しい」と思ったのは1970年に登場したホンダ Zだった。「水中メガネ」という愛称で呼ばれ、今では希少価値が高まっているが、ロングノーズとガラスハッチを持つ2ドアクーペの佇まいが、ただただ格好良かった。
当時中学生だった僕は、18歳で運転免許を取ったらホンダ Zに乗る、というささやかな夢を抱いていた。
360ccでパワーウォーズを繰り広げたフロンテクーペ!
実際に免許取得年齢になると、自身はレーシングカートを購入しサーキット走行を優先。だが高校の同級生が購入したスズキ フロンテクーペには強烈な印象を受けた。極端に低い車高とヒップポイントは、まるで地面に腰を下ろして走っているかのようで、レーシングカートに親しんでいた僕には、公道を走れるカートであるかのように感じられた。
ある日、その同級生が一般道で信じられない速度のままコーナーに進入したことがある。減速をほとんどさせず、助手席の僕は瞬間的にアンダーステアで反対車線に飛び出すだろうと身構えた。
しかしフロンテクーペは、彼の拙いステアリング操作を受け止め、驚くほど安定した姿勢でクイックにコーナーをクリアしてしまった。360ccの空冷3気筒エンジンをリアに積むRRレイアウト、低い重心と軽量ボディの組み合わせは、まさに小さなレーシングカーそのものだった。
後に大学生となった時は、このフロンテクーペのエンジンを用いたFL-B(フォーミュラリブレ)というローカルカテゴリーのフォーミュラカーでレースに参戦することになる。トルクフルで扱いやすく、かつ高回転域まで気持ちよく伸びる特性は、僕にレーシングカーの基本を教えてくれた。
【画像ギャラリー】「パジェロミニ復活したらこうなる!? これは素直に欲しい!!」(16枚)画像ギャラリーもっとも痺れた軽は小さな陸の王者!?
軽自動車由来のエンジンが、モータースポーツの基礎を育んでくれたのである。 しかし、本稿で最も強調したい「すげえ」と感じた軽自動車は、これらではない。それは1994年に三菱自動車が世に送り出したパジェロミニである。
パジェロミニは、当時大流行していた本格オフロードSUV「パジェロ」を軽自動車の枠に収めた縮小版だった。半ば冗談のようなコンセプトにも思えたが、実物を目の当たりにした瞬間、その印象は一変した。遠目には完全にパジェロの2ドア版なのに、近づいても大きくならない。その視覚的違和感が、むしろ強烈な魅力となって迫ってきた。
パジェロミニの試乗会は河口湖周辺で行われ、通常は一般道中心のプログラムだったが、僕が訪れた際、広報担当者の計らいで特別に裏山のコースへ案内された。そこは人間ですら容易に登れない急斜面で、石や倒木が散乱する“道なき道”だった。
正直、ここを本当に登るのかと何度も確認したが、大丈夫だから行ってみてと促された。マニュアルのターボモデルを選び、トランスファーを4WDに切り替え、さらにローギアに入れた。



















コメント
コメントの使い方