第54回ニュルブルクリンク24時間レースが開催され、161台がエントリーし、熾烈な争いを繰り広げた。今回、モリゾウ選手が乗ったGRヤリスDAT(109号車)は大胆なアップグレードを遂げたが、車両に不具合が出て、わずか77周(昨年は115周)しか走れなかった。結果は出なかったが、この109号車には若きチーフエンジニア・久富圭氏の「夢と挑戦」が詰まっていた。
文:ベストカーWeb編集部/写真:ベストカーWeb編集部、トヨタ
【画像ギャラリー】「やりたいなら挑戦しろ!!」 モリゾウさんの言葉で生まれた最強GRヤリスDAT(6枚)画像ギャラリーモリゾウさんの 「やりたいことがあれば、チャレンジしなさい」から始まった109号車の挑戦
109号車は昨年のモデルから大きく進化を遂げた。具体的な変更ポイントは以下の3点となる。
1. 直線での最高速度向上のためターボの変更などで最高出力を向上
2. 接地感向上のためフロントのトレッドを片側15mm拡大し、ロールセンター、ロールキャンバーの見直し
3. 空力性能向上を図りリアウイング、フロントバンパーの変更に加え、アンダーフロアを新設
いずれも将来的な市販車へのフィードバックをにらんだ技術を盛り込んだものだ。その効果は想像以上で、昨年のモデルに比べてベストラップで1周30秒以上短縮してみせた。
ここまで大胆な変更が可能になったのは、モリゾウさんの「やりたいことがあれば、チャレンジしなさい」というひと言があったからだ。
この言葉に久富氏をはじめとするエンジニアたちは奮い立ち、ホワイトボディからクルマをつくり始めた。そう、109号車はまったくの新車なのだ。昨年の目標は『完走』だったが、今年のテーマは『ポルシェ718ケイマンGT4のタイムに近づくこと』へと引き上げられた。それこそが、久富氏の抱く「夢」でもあった。
水平対向6気筒4LのNAエンジン(500馬力)をミドシップに搭載するケイマンGT4に対し、3気筒1.6LターボのGRヤリスが真っ向勝負で敵うとは思えない。
しかし、久富氏は違った。「4輪の接地感を向上させ、タイヤのパフォーマンスを使い切ることができれば、もっとコーナリングスピードを上げられるはずです」。結果、直線では引き離されても、コーナーではGRヤリスDATが詰める、そんな展開が見られた。
昨年夏に開発計画を立ち上げ、昨年の12月にシェイクダウン。ようやくクルマが完成したのは3月だった。開発にあたり久富氏がこだわったのは、完成された既成のパーツをただ買ってくるのではなく、自分たちで考え、工夫し、テストをしながら作り込んでいくことだった。
109号車には変更ポイントの効果を測定するため、たくさんのセンサーが搭載されているが、その配線1本1本にまでこだわり抜いた。その結果、これだけのアップデートを行いながらも、昨年モデルからの車重増をわずか6kgに抑え込んだ。
昨年GRヤリスDATが完走し、多くのメディアに登場したことで、レースに直接関わっていないトヨタ自動車の先輩や同僚たちが声を掛けてくれ、相談に乗ってくれるようになったという。「レース活動で新しい仲間づくりができることが、わかりました」と久富氏は笑顔を見せていた。
ドライバーもエンジニアもメカニックも「久富氏の夢」の実現に一丸となった
今回のGRヤリスDATはTG-RR(トヨタ・ガズー・ルーキー・レーシング)からのエントリーだ。トヨタ・ガズー・レーシング(GR)とプロのレーシングチームであるルーキー・レーシング(RR)がコラボレーションした形だが、具体的にはGRがRRに開発の一部を委託し、GRからRRにエンジニアやメカニックが出向することで、迅速かつ柔軟な、いわゆるアジャイルな開発を実現している。
一方で、開発に関わる人数は市販車とは比べ物にならないほど少なく、少数精鋭でクルマづくりが進められる。チームには故・成瀬弘氏がニュルブルクリンク24時間レースへの参戦を始めた黎明期からのメンバーであるメカニックの平田泰男氏や関谷利之GMが在籍し、レース経験のないエンジニアやメカニックを鍛え上げている。
2人のベテランは、109号車が参戦する意義を「久富チーフエンジニアの夢をかなえること」だといち早く理解し、チームを一つにまとめていった。
序盤から中盤まで順調に走り、109号車のベストラップ(9分33秒699)に対し、ポルシェ718ケイマンGT4のベストラップ(9分秒0秒773)には及ばなかったが、直線では引き離されても、コーナーではGRヤリスDATが速いというデータを手にした。
しかし、スタートから14時間が経過した頃、車両の前後から振動が発生し、駆動系すべてを交換することになってしまった。その結果、109号車は再び走り出したものの、昨年の115周を大幅に下回る77周しかできなかった。
しかし、モリゾウさんをはじめ、石浦宏明氏や豊田大輔氏、大嶋和也氏はいずれもコーナーでの速さに驚きを隠せないようだった。実際昨年の109号車の決勝のベストラップに比べて、今年は10秒近くも短縮しているから、段違いの速さを見せたことは間違いない。
今回あえて高い目標を掲げ、全力でぶつかった経験は、大きな手ごたえとなり、チームにとってかけがえのない財産となった。
久富氏は「悔して悔しくてたまりません。今思えば気づけていなかったことがたくさんあったなと反省しています。ただ、こんなに悔しい想いをしたことで、自分がいかにGRヤリスDATを大好きだったかがわかりました。これで終われないという気持ちでいっぱいです」と今回の挑戦を振り返った。
高橋智也GRプレジデントは、今回の109号車の参戦意義を別の角度から評価する。「欧州のメーカーでは、一つの機能だけに秀でたエンジニアではなく、レースも市販車も何でもこなせるエンジニアが評価され、大学時代からそのような教育を受けています。
日本でもそうした人材を育てることが、これからの『いいクルマづくり』には不可欠です。久富はシャシー設計の専門ですが、若いながらもよく勉強しており、今年の経験は大きな糧になったはずです。大きな目標を打ち立てたことと、それがうまくいかなくても最後まで諦めなかったことを含めリーダーとしてよくやったと思います」
モータースポーツは、過酷な環境でクルマを鍛えるとともに、短期間で「人」をも劇的に成長させる。今回の109号車の挑戦はGRヤリスDATだけでなく、次世代を担う人材をも鍛え上げた。成瀬氏から脈々と受け継がれる「人づくりの想い」は、このTG-RRチームにしっかりと根を下ろしている。
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