AFP通信がぞっとするような見出しのニュースを3月9日に配信した。その見出しは「ディーゼル車の二酸化窒素で6000人死亡、ドイツ政府報告書」というもの。いったいこれはどういうことなのか、調べてみたもののシックリする答えが見つからない。
そこで今回はメカニズムに詳しい鈴木直也氏にこの発表の真意と、本当にディーゼル車の排ガスで6000人の命を奪ったのか聞いてみた。意外にも内容のあるレポートだったようだ。
文:鈴木直也/写真:Shuttestock.com
■二酸化窒素で人が死ぬ!! それはどういう意味?
AFPが配信したニュースが話題を呼んでいる。見出しタイトルは「ディーゼル車の二酸化窒素で6000人死亡、ドイツ政府報告書」というもの。これだけ読むと、どこかで人がバタバタ倒れて死んでいるかのような過激な表現だ。
ただし、詳しく見てゆくと、もちろんそんな激甚災害みたいな話ではない。内容を要約すれば、「心疾患で死亡した約6000人について、元をたどれば大気中に排出されたNO2(二酸化窒素)が原因だった可能性がある」というもの。
しかも、「死亡」の中身も、正しくは「標準より早死にしている」が正解。まさに羊頭狗肉。炎上狙いの大げさな表現と言わざるを得ない。ふつうの人は、「NOx(NO2を含む窒素酸化物)で人が死ぬ」と言われれば、NOxが人体に害を与えて病気になって死ぬと考える。
タバコと肺がんの関係みたいにわかりやすい疾病メカニズムであれば、それは「因果関係がある」と結論づけてもいいだろう。
そうなると、NOxの人体への影響について、タバコのように広範な医学的研究、あるいは疫学調査があるのかが知りたいポイントだが、このニュースの元となったドイツ環境省の声明文や、そこに記載されている統計データなどのリンクを調べてみても、因果関係についての論文などは見つからなかった。
まぁ、考えてみれば、日常的のどの程度のNOx濃度の大気を呼吸しているかは、それこそ一人一人すべて違うし、身体に変化が生じるほど長い期間にわたって、呼吸した大気のNoxレベルを調査記録し続けるなんていうのは非現実的。
NOxが生物にもたらす影響については動物実験などで研究可能だが、一般人を対象とした疫学調査でNOxがもたらす健康被害の因果関係を立証するのは、誰が考えてもかなり難しいと思われる。
■調査結果は政治的なバイアスがかかっている
では、何を根拠にドイツ環境省は「心疾患で死亡した約6000人について、元をたどれば大気中に排出されたNO2が原因だった可能性がある」という調査結果を発表したのかというと、「因果関係」ではなく「相関関係」に基づいて推論しているからだ。
WHO(世界保健機構)は、疾病、傷害及び死因の統計分類として、ICD‐10という国際基準に準拠したデータを作成している。これは項目が12000にも及ぶ細かい統計で、これによって、各国・各地域における死因は、かなり細かく調べることができる。
この統計を利用すれば、早死にした人の割合が、地域ごとに厳密に算出できる。ちなみに、早死の定義は、平均寿命、65歳、70歳など、研究者によってさまざまな考え方があって厳密に定義されているわけではない。
一般的には、生産年齢人口と老齢人口の区切りである65歳未満を早死と定義する場合が多いらしい。この分野の調査研究がまだまだ未成熟なのがうかがわれる。
さて、この統計を利用して早死にした人の分布マップができたら、それをNOxの濃度マップと重ね合わせてみる。大気中のNOX濃度は、各国の環境当局によって測定し発表されているから、こちらも容易に作成できるだろう。
その結果を統計処理した結果、NOx濃度の濃い地域は呼吸器系疾患による早死にが多いという「相関関係」が浮かび上がってきたらしい。「因果関係」を明らかにするのは難しいが、「相関関係」は統計的に立証できるのだ。
さらにもうひとつ、「大気中のNOxの増加はディーゼル車による影響が大きい」という調査データを掛け合わせれば、「ディーゼル車の二酸化窒素で6000人死亡、ドイツ政府報告書」という見出しをつけたって間違いではない。こうして、今回のニュースが世界中に配信されたというわけである。