■調査結果は政治的なバイアスがかかっている
では、何を根拠にドイツ環境省は「心疾患で死亡した約6000人について、元をたどれば大気中に排出されたNO2が原因だった可能性がある」という調査結果を発表したのかというと、「因果関係」ではなく「相関関係」に基づいて推論しているからだ。
WHO(世界保健機構)は、疾病、傷害及び死因の統計分類として、ICD‐10という国際基準に準拠したデータを作成している。これは項目が12000にも及ぶ細かい統計で、これによって、各国・各地域における死因は、かなり細かく調べることができる。
この統計を利用すれば、早死にした人の割合が、地域ごとに厳密に算出できる。ちなみに、早死の定義は、平均寿命、65歳、70歳など、研究者によってさまざまな考え方があって厳密に定義されているわけではない。
一般的には、生産年齢人口と老齢人口の区切りである65歳未満を早死と定義する場合が多いらしい。この分野の調査研究がまだまだ未成熟なのがうかがわれる。
さて、この統計を利用して早死にした人の分布マップができたら、それをNOxの濃度マップと重ね合わせてみる。大気中のNOX濃度は、各国の環境当局によって測定し発表されているから、こちらも容易に作成できるだろう。
その結果を統計処理した結果、NOx濃度の濃い地域は呼吸器系疾患による早死にが多いという「相関関係」が浮かび上がってきたらしい。「因果関係」を明らかにするのは難しいが、「相関関係」は統計的に立証できるのだ。
さらにもうひとつ、「大気中のNOxの増加はディーゼル車による影響が大きい」という調査データを掛け合わせれば、「ディーゼル車の二酸化窒素で6000人死亡、ドイツ政府報告書」という見出しをつけたって間違いではない。こうして、今回のニュースが世界中に配信されたというわけである。
■今後はディーゼル車の存在はどう変化していくのか?
このニュース騒動を見てあらためて感じるのは、統計データというのは扱いが難しいものであるなぁということだ。統計そのものは数学だから誤読の余地はないが、それを社会学的な研究に利用とすると、途端に政治的なバイアスが生じる。
政策を立案する人は誰だって自論を補強するために統計データを利用するわけだから、同じデータからまったく異なる結論が導き出されることだって珍しくない。
ちなみに、長くドイツを率いるアンゲラ・メルケル首相は、政界デビュー間もない1994〜1998年に環境大臣を務め、首相就任後には「気候宰相」と呼ばれたほど環境行政に高い関心を持った人物。その配下の環境省が出すリポートであることは留意したほうがいいと思う。
ぼくの結論としては、このニュースは刺激的な見出しと裏腹に、複雑かつ長期的な問題を扱っているということ。
もちろんNOxのような有害物質は削減してゆくことが望ましいが、そのために「ディーゼル車即禁止」みたいな極端な政策を取るのはクレバーとは言い難い。
「地球温暖化問題」の一部で起こっているような神学論争に陥らないように、事実に立脚した冷静に議論を深めてほしいところであります。
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