■中嶋の経験は次の世代へと引き継がれる
現役引退発表の翌々日、鈴鹿で行われたSFの合同テストで某トヨタ系チームのマシンを走らせる中嶋の姿があった。
1台体制でマシンの評価に難儀していたチームからのオファーで実現したレジェンド最後のSF走行に、ホンダ系ドライバーからは「ラストランなのに(マシンの)色が違うだろ?」という声が挙がっていた。
中嶋と長年にわたり苦楽を共にしたチーム・トムスも、事情が許せば自分たちのマシンで走らせたかっただろうし、それを叶えられず口惜しかったのではないかと思う。
それでも中嶋自身は、思いがけずSFマシンを走らせる機会を得たことを喜び、これまでと変わらず淡々とマシンを走らせ、データを集め、担当時間を終了すると静かに最後のステアリングを置いた。
その後、中嶋にとって本当にサプライズの出来事が待っていた。
マシンを降りた中嶋がスタッフに呼ばれてついて行った先に、自分の最後の走りを見ようと地元・岡崎からやってきたファンが見守るグランドスタンド、そしてそこから見下ろすスターティング・グリッドに山本尚貴をはじめとする現役ドライバーが全員、トヨタ系はもちろんホンダ系も含めた全チームの関係者、そして中嶋が国内で使い続けたカーナンバー36の緑と白の懐かしいマシンが待っていたのだ。
ハデなことは気恥ずかしい、正式なセレモニーなしで去るのも自分らしいかなと言っていた中嶋だったが、ライバルとして闘った仲間たちの思いがけない餞にこみ上げるものを抑え切れなかったのだろう。
F1のシートを失おうがル・マンで残り16分の悲劇に見舞われようが逆に悲願の表彰台のてっぺんに上がろうが、人前で涙を見せなかった中嶋が何度も何度も目尻を拭う姿に、筆者も胸がいっぱいになった。
「こうやって挨拶する機会をいただけて感謝しています。悔いなくレース活動を終えられたと思っています。立場が変わってもレース界の発展に貢献していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします」。
うっすらと涙が残る瞳に、人生の新しい扉を前にした澄み切った心を映しだし、モータースポーツの最前線を闘ってきた仲間たちに見送られて、中嶋のドライバー人生は静かに、だが暖かい空気の中で本当の幕を下ろした。
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