10月25日に開幕した東京モーターショーには数々のコンセプトカーが出展された。EVや現存する車の将来を示唆するモデルが多いなか、一際注目を集めたモデルがダイハツブースにあった。それがDNコンパーノだ。
コンパーノといえばオールドファンにはおなじみ、1960年代に発売されたダイハツ屈指の名車。オリジナルの発売から55年以上が経過した今、ダイハツはなぜ、コンパーノを蘇らせたのか?
文/写真:ベストカーWeb編集部
イタリアンデザインが特徴的だった初代コンパーノ
オリジナルのコンパーノは東京五輪の直前、1963年に発売。そのプロトタイプは、奇しくも当時、晴海で開催されていた東京モーターショー(=第8回、1961年)で発表されている。
コンパーノの特徴は、何と言ってもデザイン。まだ勃興期にあった日本の自動車界にあって、イタリアのカロッツェリアが手がけたデザインは、今見ても美しいシルエットを持つ。
1963年4月にライトバンが先行して発売され、4ドアセダンのベルリーナは11月に発売。さらに1965年には4シーターオープンのコンパーノ スパイダーが発売されるなど、さまざまなボディタイプを持っていた。
DNコンパーノのモチーフともなった「コンパーノ ベルリーナ」のスリーサイズは全長3800mm、全幅1445mm、全高1410mmで、当時でいえば1966年に発売された初代カローラとほぼ同等のサイズ感。幅は現代の軽自動車以下ながら、長さでいえばスズキ スイフトとほぼ同等となる。
搭載されるエンジンは、0.8Lの直4OHV(後に1Lも追加)で駆動方式はFR。トランスミッションは4速MTを採用。1969年まで約5年間販売され、後継モデル「コンソルテ」にバトンタッチし、コンパーノの名は1代限りで消滅した。
DNコンパーノは新生ダイハツの変わらぬDNAを象徴
ショー会場では、初公開されたDNコンパーノの横にコンパーノ ベルリーナが並んでいた。鮮やかなオレンジのボディカラーもまったく同じ。では、なぜダイハツはコンパーノを現代に蘇らせたのか? 取材に応じてくれたダイハツ関係者は言う。
「ダイハツは2017年の3月1日に創立110周年を迎えました。(コンパーノは)ダイハツの象徴そのもの。だから(このタイミングで)改めて我々のアイデンティティを示す意味でも出展したんです」
ダイハツは、2017年8月1日にトヨタの完全子会社となった。当時、「ダイハツはトヨタの単なる1ブランドになってしまうのでは?」という危惧が内外から多く聞かれた。
その声を踏まえ、今後もダイハツブランドを埋没させず、トヨタに対してもどんどん新しい提案をし、“ダイハツらしさ”を示すために、このDNコンパーノが生まれたのだ。
改めてDNコンパーノをよく観察してみると、コンパクトなボディに、4人乗りのパッケージと伸びやかなスタイルを両立させた点は、かつてのコンパーノが持っていた特長を色濃く残している。
エンジンは1Lターボと1.2Lハイブリッドも搭載可能と発表されているが、これに関してダイハツ関係者に聞くと、
「(ダイハツには)トールに使っている1Lターボがありますよね? それが搭載できるよう設計しています。1.2Lのハイブリッドも載ります」
とのこと。トールに搭載される1L、直列3気筒ターボは最高出力98psを発揮するが、このエンジンを多少チューンアップさせ、「車重1000kg以下、120馬力程度のDNコンパーノ」が世に出れば、面白い存在となることは間違いない。
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ダイハツというブランドの将来を見据えて出展されたDNコンパーノ。オリジナルのコンパーノは、1961年の東京モーターショーにプロトが出展されてから3年後に市販化した。
今から3年後は2020年。1964年東京五輪の1年前に世に出た名車が、2020年東京五輪イヤーに復活する。そんな歴史的復活に期待したい。
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