自動車の発明はなにもエンジンや新素材、新技術だけではない。実に細かい部分に、多くの開発者やデザイナーが関わり、現在の便利な仕様へと進化し続けてきた。そして近年、ひとつの事実が判明した。誰もが目にしたことのある給油口の左右を知らせるアイコンには生みの親が居た、というものである。
文:古賀貴司(自動車王国) 写真:フォード
【画像ギャラリー】あの矢印を作った人はこのお方!! それにしても感謝ですよ、ほんと(3枚)画像ギャラリー日常のひらめきから生まれた発明
矢印の向きに給油口があることをご存じのことだと思う。だが、あの矢印が「モイラン・アロー」と言う名称があったことまでは、あまり知られていないかもしれない。
「モイラン」はフォードのインテリア・デザイナーであった、ジェームス・モイラン氏の苗字で、「アロー(Arrow)」は“矢印”を意味する英語だ。
あえて日本語に直訳するなら“モイラン矢印”となる。
1986年のある日、モイラン氏はフォードのディアボーン本社へ向かう途中、社用車で給油のためにガソリンスタンドに立ち寄った。
燃料ディスペンサーポンプの前で社用車を降りた瞬間、“しまった感”が彼を襲った。不慣れな社用車ゆえに給油口がない“逆側”に停めてしまったのだ。
その点、ロータス・エスプリ、古いジャガーXJやXJSなどは左右に給油口が設けられていたのは今思えば画期的。もっとも左右の燃料タンクを繋ぐバランスパイプの構造上、デメリットがなかったわけではないが…。
もとい。モイラン氏はその日のうちに社内向けの「製品改善提案メモ」を書き上げたという。
今やほとんどのクルマが採用している矢印
“将来のインストルメントパネルに小さな追加を提案したい”と書かれたそのメモには、燃料計の近くに給油口の位置を示すシンボルを加えるというアイデアが記されていた。
最初のデザイン案は、給油口を誇張して描いた車の上面図だったが、やがてシンプルな矢印へと洗練されていった。
このアイデアは数年後に実を結び、フォード・エスコートへの採用を皮切りに、フォード全車種へと展開された。
その利便性は他社の目にも留まり、今日では世界中のほぼすべてのメーカーが似たような矢印を採用している。
貴方が今乗っているクルマにも、おそらくモイラン・アローは付いているはずだ。モイラン氏、生涯にわたってフォードに謝辞や報酬を求めなかった。提案書を送ったあと、彼自身もそのアイデアをすっかり忘れていたという。
結果として、この発明の生みの親は長年にわたって謎に包まれたままだった。
小さなきっかけからモイラン氏の功績が知られるように
発明者の名前が世に知られるようになったのは約7年前のことだった。とあるポッドキャストが、燃料計近辺に刻印されている矢印とモイラン氏を紹介してからのことだった。
その後、フォードの社内アーカイブ担当者がモイラン氏の古いメモを掘り起こしてデジタル化し公表。
2022年にはフォードCEOのジム・ファーリー氏がそのメモをX(旧Twitter)に投稿し、「この矢印がなければ、どれだけの人がガソリンスタンドで困っていただろう」と称えた。
メルセデス・ベンツが一部モデルで矢印形の警告灯を先行採用していたとも言われているが、圧倒的な販売台数でこの小さなアイコンを世界的に普及させたのは間違いなくモイラン氏とフォードだろう。
クルマのデザインにおける「偉大な発明」といえばエンジン、サスペンション、安全装置が取り上げられがちだ。
だが世界中で何億人ものドライバーが毎日恩恵を受けているのに、その存在さえ意識されない発明こそ、本当の意味で「天才的」と呼べるのかもしれない。
そんなモイラン氏が2025年12月、80歳でこの世を去った。世界中のドライバーを助けている“矢印”の生みの親に、改めて敬意を表したい。
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