日本の自動車雑誌は車幅と重量にはとても厳しい。
車幅1800mmを超えると「ユーザーのことを考えていない」になり、車重が重いクルマは「運動性能を犠牲にしている」となる。
しかし、本当にクルマは軽ければ軽いほど”いいクルマ”なのだろうか? 気になるそのギモンを鈴木直也氏がバッチリ解決してくれる。
文:鈴木直也/写真:西尾タクト、マツダ、スバル、スズキ
ベストカー2017年3月10日号
そもそも”軽量化”のメリットとは?
まずは軽量化のメリットについてザッとおさらいしよう。個々の部品の軽量化も大幅に進んでいる現在の国産車だが、30~40年前の国産車は現在よりも大幅に軽かった。
この要因は主に安全性や快適性向上の面での重量増であり、車両全体での車重増加の流れが前提としてある。
クルマにとって軽量化は”正義”だが、そもそも同じパワーのエンジンを積んでいる2台のクルマがあったとして車重が軽ければより加速がよくなるし、燃費が向上してCO2排出量の削減にも大きく影響するのは自明の理。
EVの場合だと電費性能が上がり、航続可能距離も伸びる。
それ以外にも特にスポーツモデルの場合、「走る」「曲がる」「止まる」といった運動性能の向上にダイレクトにつながるため、高コストになるがより軽量なアルミ素材、CFRP(炭素繊維樹脂)が使用されるケースが多い。
その結果、加速性能とコーナリングなどコントロール性の向上、さらにはブレーキのストッピングパワー負担軽減などがもたらされる。まさに”いいことずくめ”だ。
マツダは軽量化へのこだわりで知られるメーカーだ。現行ND型ロードスターはまさにその典型例で、先代NC型から全体で100kgを超える軽量化を達成している。
例えば、材料置換ではボンネットやトランクフードなど先代型でもアルミを採用していた部位以外に、新たにフロントフェンダーや前後バンパーレインフォースなどにもアルミを採用したほか、高張力鋼板の使用比率を大幅にアップ。
また、フレームワークをストレート化&連続化し、強度を落とさずに板厚を薄くして軽量化するため、フロントフレームの十字形状やリアフレームのダブルハット形状など断面形状を最適化させた。
ボディシェルのみで先代型から25kg以上もの重量を削減。マツダでは現行ロードスターで”グラム作戦”と称し、さらに細かい数々の軽量化を敢行。
サスペンション周りだけで70カ所以上に穴を開けることで数百グラム削減したり、溶接個所やサイドウィンドウの下側を波型にカットしたり、
ドアロック連動式フューエルリッドを採用することで給油口からオープンレバーやケーブルを不要にしたりするなど、まさにグラム単位での軽量化に取り組んだ。
聞く限り涙ぐましい努力の連続でいいことしかなさそうだが、そんな軽量化に果たしてどんな盲点があるのだろうか?(ベストカー編集部)

盲点1:静音と振動の低減
軽量化というテーマは、自動車みたいに「動くもの」にとっては絶対的な”善”。ほかの機能を損なわないなら、どんな技術者だってかぎりなく軽く造りたいというのが本音だ。
しかし、量産車をリーズナブルな価格で提供するには、そこにコストという壁が立ちはだかる。レーシングマシンや航空機みたいに、全部CFRPで造るなんて贅沢はできない。
ま、そこで技術者の知恵とアイデアが問われるから面白いんだけど、軽くできたのはいいけれど別なところに不具合が出ちゃいました、ということがままある。
最もありがちなのが、NVHの悪化だ。「ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス」、これを略してNVHと呼ぶんだけど、この3つはすべて振動に関係している。
ノイズは空気の振動。バイブレーションは主にパワートレーン系から発生する振動。
ハーシュネスは一般的にタイヤから伝わる振動。要するに、すべてが振動に起因する乗員への影響なんだけど、これが軽量化とトレードオフの関係にあって、双方をうまく満足させるのが難しい。
まず、クルマの静粛性というのは防音材と遮音材に依存するところが大きい。アンダーコートやフロアマットなどをすべて剥ぎ取ったレーシングカーに乗ってみるとよくわかるんだけど、裸のクルマってのは騒音のカタマリ。
たとえ、エンジンやマフラーなどがノーマルでも、遮音材を適切に使わないととても実用にならない。
軽量化というのは、まず「余計なものを削る」ことから始めるのが基本だけど、軽量化優先で必要な遮音材まで削っちゃうと、静粛性を悪化させて逆に商品性を下げることになる。パワートレーン系も、軽量化と静粛性・スムーズネスの両立は難しい。
現代の熱効率重視エンジンは、CAEC(コンピュータ支援エンジニアリング)ソフトをグリグリ回して、ムービングパーツやブロックの剛性を軽量化・最適化している。
こういうトレンドでは、どうしてもエンジン騒音の低減は優先順位が低くなる。直噴インジェクターの作動音やブロック壁面からの、あるいはCVTのチェーン音などを抑えるため、パワートレーン周りにもウレタンなどの遮音材を貼り付けるケースが増えている。
足回りから伝わってくるハーシュネスは、いちばん厄介かもしれない。量産車でモノコックボディを軽くするのには、高張力鋼板を使って板厚を薄くする(あるいはブレースなどを省略する)のが常道なのだが、
「薄くて硬い鉄板」は路面から入ってくるショックに対して、ピリピリと敏感になる傾向がある。また、ブレースを省略して一枚板にすれば、当然その部分のセルフダンピング性が低下してしまう。
鉄板の振動はイコール空気の振動となって騒音となり、微妙にザワザワした印象が残ってしまうワケだ。だから、軽さとNVHを両立させようと思ったら、剛性や強度だけではなく振動の問題を一緒に解いていかなければならない。
レーシングカーや航空機の場合は、予算もたっぷりあるし、優先順位は明確なワケだから、このあたりはむしろ量産車の軽量化のほうがずっと難しいかもしれませんね。

盲点2:衝突安全性への影響
1970年代のヒストリックスポーツの話をすると、よく「昔のクルマは軽かったよね~」という話題になる。
実際、スバル360の初期型は400kg以下とバイク並みだし、B110サニークーペなんか700kgそこそこ。初代フェアレディ240Zでも1トンを切っている。
では、なんで現代のクルマは重くなったのかといえば、半分はエアコンやパワステなどの快適装備の増加。もう半分は衝突安全性能の向上だ。
衝突安全性がさほどうるさくなかった1980年代終わり頃までは、例えばAE86でも900kgそこそこしかなかった。
ところが、ちょうどその頃、NHKスペシャルが「北米仕様と日本仕様では、安全装備に違いがある!」という特集をやって大反響を呼ぶ。
これは、ドア内にサイドインパクトビームが入っているかいないかという程度の話だったのだが、一般ユーザーに衝突安全性という概念があることを知らしめたという意味で影響力絶大。
それもあってか、1991年デビューの次世代100系カローラはほとんど100kgも重量が増加することになる。
以降、エアバッグの普及や衝突実験を公表するJNCAPの開始など、衝突安全性に関するユーザーの関心は右肩上がり。JNCAPでいい点を取ることが車体設計の最優先課題となり、軽量化は二義的なテーマとなって現在に至っている。
現実には、放っとけばどんどん重くなるモノコック重量をなんとかダイエットすべく、衝突エネルギーを効率よく吸収する構造の工夫や、より引っ張り強度の大きい高張力鋼板の採用拡大など、さまざまな分野で技術革新は進んでいるのだが、
要求される衝突安全性能の水準もどんどん引き上げられているので、軽量化という面では焼け石に水。これ以上重くなるのをなんとか食い止めている、といった状況だ。
そんななかで、最近スズキが敢然と軽量化へ舵を切っているのが注目される。衝突試験というのは、決められた速度でクルマをバリア(あるいは車両)に衝突させるのはどれも一緒。
キモは、クラッシャブルゾーンをゆっくり効率的に潰してエネルギーを吸収し、いかにキャビンスペースを変形させずに守るかという部分にある。
おそらく、JNCAPのような一定のテスト要件で好成績を挙げるには、現状ではまだ軽量化より衝突エネルギー吸収能力をさらに高めたほうが有利なのだろうが、スズキは「あえてトップを狙わないほうが、ユーザーの総合的なメリットは大きいのでは?」と考えているフシがある。
軽さと衝突エネルギー吸収能力を両立させるのはそう簡単ではないが、軽くなればそのぶんクラッシャブルゾーンが負担するエネルギー量は重量に比例して確実に減る。運動方程式「二分の一mv二乗」ってヤツを、みなさんも高校の物理で習ったでしょ?
そのいっぽう、これは定量化できないけれど「軽いクルマのほうが事故回避能力が高い」というのも、経験的にみんなが感じていること。
衝突安全性能だけが高くても、ほかがダメではトータルとして優れたクルマとはいえないワケです。衝突安全性能の向上と軽量化のバランスについては、そろそろ一度見直したほうがいい時期に来ているのかもしれませんね。

まとめ:軽量化で重要なポイントとは?
ここまで軽量化によるデメリットをあえて挙げてきたが、結局のところ適正な軽量化というのはどのあたりに落ち着くのか。個人的な意見になるが、クルマは600kgくらいになってほしい。
まぁ、ふだん多くの人が乗っているB~Cセグのクルマは、だいたいその2倍くらいの重さがあるんだけど、その重量が半分になると、ホントに気持ちよく走るようになる。
もちろん、その場合馬力も半分でけっこうだ。600kgで80psのハッチバック車があったら、すぐにでも買いたいくらいです。
まぁ、妄想はさておき、マジメな話、今のクルマは2割くらいはダイエットしてほしいと思う。最近は高級車を中心に軽量化のための材料置換(CFRPやアルミ、マグネシウム合金など)も進んでいるけど、庶民が乗るクルマにまでこういうハイテク材料が降りてくるのは、まだ少し先のことになると思う。
まだ当分は、高張力鋼板などスチール材の進化が頼みとなる。
とはいうものの、鉄のポテンシャル、まだまだ侮れませんよ。最近のボディ構造材として引っ張り強度1ギガパスカル(1平方cmあたり約10トン)なんていう超ハイテン鋼も実用化されているし、プレス性の悪い高張力鋼の欠点を補うための熱間プレスは軽自動車でもふつうに使われる時代になっている。
さらにスゴイのになると、衝突エネルギーを吸収するビームを蛇腹状に潰すための特殊な焼き入れや、合金成分の違う鉄をサンドイッチしてからプレスと焼き入れを行う技術など、ビックリするくらいハイテク化が進んでいるのが現状だ。
もちろん、軽量化は車体だけではできず、パワートレーンや艤装品などトータルの軽量化が必要だけど、スズキがすでにスイフトで120kgの軽量化を実現しているんだから、600kg台のB~Cセグコンパクトカーは夢じゃないと思いませんか?
もちろん、安全性能の後退が許されないから難しい面も多いのだが、これからのクルマはもうちょっと軽くコンパクトになってゆくべきだと思う次第です。
