全金属製が主流の時代、なぜ英国は木製の機体を作ったのか?
モスキートがデビューした1940年頃は、全金属製の機体が次々に開発され、その高速性や運動性を各メーカーが競っていた。そんな時代にデ・ハヴィランド社は、なぜ木製の機体を開発したのか?
そもそも同社は、木製構造の機体の開発製造に長けたメーカーであり、競速機や郵便飛行機などを製造していたという。
1930年代末になると、欧州戦線は激しさを増し、機体が足りず、その製造が間に合わず、おまけに原材料であるアルミニウムも足りないという状況だった。そうした状況下で、同社が英空軍に提案したのがモスキートだったのだ。
いざその初号機が完成してテストフライトに臨むと、同じくロールスロイス・マーリンを搭載した英国の主力戦闘機「スピットファイア」よりも、はるかに高い高速性能(時速640km)を記録した。
これに驚愕した英空軍は、爆撃機として開発されたこの機体を、戦闘爆撃機型としてアレンジすることを即座に決定。その後、戦闘機型、夜間偵察機、写真偵察機型、艦上機型、VIP輸送機型など、多種多様なバリエーションが開発製造されることとなり、英国軍において大いに重用される機体となったのだ。結果、モスキートは大戦中を通し、トータル7785機が製造されている。
ユニークな逸話としては、その製造ラインが挙げられる。戦時下においては、あらゆる工場が兵器の生産場所として接収されているが、このモスキートの場合、なんと家具工場がその生産場所として充てられたのだ。イギリスには木材は豊富にある。それを素材として、腕の立つ家具職人がこの滑らかな機体を製作し、仕上げたのだ。
また、木造構造のモスキートは、当時使用されはじめたレーダーに対しても有利だったという。金属パーツが少ないためレーダーに感知されにくいのだ。いわば超アンティークなアナログ・ステルス機でもあるのだ。
デ・ハヴィランド社とロールスロイス社
1920年に英国で創設された「デ・ハヴィランド社」は、木造製の機体製造に長けた航空機メーカーである。1928年には、良質な木材が豊富なカナダに、子会社として「デ・ハヴィランド・カナダ」を設立している。
同社は戦後、世界初のターボジェット旅客機「DH.106 コメット」を就航させたが、その度重なる事故によって経営が悪化した結果、1959年にホーカー・シドレーに買収された。ただし、その生産設備などは後日、ホーカー社からデ・ハヴィランド・カナダへ移管されている。
デ・ハヴィランド・カナダ社は、カナダ政府によって国有化された後にボーイング社に売却され、さらにボンバルディア社へと売却され、現在に至っている。
一方、1906年に自動車メーカーとして設立されたロールスロイス社は、1914年から航空機用エンジンの開発に着手している。マーリン・エンジンの開発で名声を得てからは、航空機用エンジンメーカーとして不動の地位を確立した。
しかし、1960年には経営難に陥り、1971年にはイギリス政府によって国有化されている。1973年に社名を「ロールスロイス・ホールディングス」社に変えて再生を図り、今日に至るまで航空機エンジンや船舶などを開発し続けている。旅客機が搭載するジェットエンジンにおいては世界第3位を誇る。
ちなみに、1973年に国有化から脱する際、同社は自動車製造部門を「ロールスロイス・モータース」として分社化している。それを買ったのは世界有数の重工業・軍需メーカーであるヴィッカース社である。
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