これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。
当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は一世を風靡したパイクカーのなかから、日産エスカルゴについて紹介していこう。
文/フォッケウルフ、写真/日産
■一世を風靡したパイクカー4兄弟の1台
かつて「パイクカー」と呼ばれる超個性的なクルマが、日本の自動車市場に一大旋風を巻き起こしていた。パイクカーとは「パイク=槍」という言葉からもわかるとおり、とがった個性を持つクルマのことだ。
これらパイクカーを精力的に開発し、販売していたのが日産で、1987年に発売した「Be-1」のスマッシュヒットを皮切りに、パオ(1989年)、フィガロ(1991年)をリリースし、いずれも限定台数が予約の段階で完売するほどのヒットを記録した。
日産が展開したパイクカーは、乗用車だけにとどまらなかった。1987年にはADバンをベースにしたフルゴネットの「S-Cargo(エスカルゴ)」を東京モーターショーでお披露目し、その2年後、同時に出展していたパオとともに市場へ導入した。
車名は、フランス語で「カタツムリ」の意味である「エスカルゴ」と「貨物=カーゴ」のスペイン語読みである、「カルゴ」を掛け合わせた造語で、その名の通りカタツムリをイメージさせるエクステリアデザインを特徴としていた。
コメント
コメントの使い方愛知県ではデリボーイやアルトハッスルよりも見る機会は少なかったけど、遠目でもわかる特徴的な外観だったよね。内装デザインがどうだったか忘れていたけど、今見るとポルテ/スペイドとよく似てる。個人的にセンターメーターは苦手だけど、カーナビやETCの無い時代だから、地図や通行証を置くスペースの確保は主要課題だったろう。
2014年の映画「GODZILLA」では日本の街の廃墟にさりげなく映り込んでいた。別の映画でも見かけた事があるんで、ハリウッドの美術クリエイターにこのクルマのファンがいると睨んでいる。年代や国籍不明な造形に惹きつけられるんでしょうかね。