憧れのトラックドライバーに そして厳しい「現実」の洗礼
はじめての運送会社は、白紙を印刷工場に運んだり、印刷物を製本工場に運んだりするのがメインの会社だった。
印刷物は自分で荷降ろしすることが多い。まずフォークリフトに乗れなければ仕事にならない。
はじめの3日間はトラックに乗せてもらえず、朝から晩までひたすらフォークリフトで積み降ろしの練習をさせられた。その後、一週間の同乗期間を経て、晴れて一人立ちすることとなった。
印刷物は荷崩れしやすい。先輩から「カーブはゆっくり曲がれ」といつも言われていたのに、ある日交差点で左折した時、見事に荷物を崩してしまった。
幌シート付きの2トン車だったので、道路にバラまくという惨事は免れたものの、はじめての失敗にひどく落ち込んだものである。会社や荷主に怒られるかもしれないということより、自分の甘さに腹がたった。
しかしその失敗以来、私は変なプライドを捨てた。「遅い」と思われてもいい。煽られてもいい。滅茶苦茶な運転をしていくら早く到着しても、荷台で荷物がグチャグチャになっていたり、交通事故を起こしたりしたら、運転手失格だ。
荷物を安全確実に運ぶのが私の仕事なんだ。それがプロのトラックドライバーの仕事なんだ。そんな当たり前のことを、失敗してはじめて学んだのだった。
走っていると稀に4トンや大型に乗っている女性ドライバーに遭遇することがあった。私もあんな大きなトラックに乗りたい。他の人達にできて私にできないはずはない。いつか大型トラックで全国を走りまわりたい! 憧れは目標へと変わった。
私は昔から、思い立つと居てもたってもいられない性格で、ただちに帰り道にある自動車教習所に通いはじめ、大型免許を取得したのだった。
今にして思えばいい会社だったが、私はステップアップのために、次の会社、大型で長距離メインの会社に入社した。
大型は未経験ということで、まずは4トンのウイング車に乗ることになった。積み荷は、食品、衣服、航空貨物、ときには引越荷物。今までは積み荷が印刷物に限られていたので、その時々によって積み荷が違うということは新鮮だった。
しばらくすると冷凍車に空きが出て、私が乗ることになった。
冷凍食品会社の倉庫で積み込みが完了するのが20時頃。そこから車庫に戻り、日報を出し、夕飯の買い物をして帰宅。夕食をとり、風呂に入って23時半就寝。
約120km離れた倉庫の指定着時間が、翌午前4時のため、遅くとも2時半には車庫を出発しなければならない。確保できる睡眠時間はわずか2時間程度。ときには家に帰らずトラックで仮眠したり、眠らずに直行したりする日もあった。
朝4時から荷降ろしを開始し、そこからまた10軒ほど倉庫をまわり、荷台がカラっぽになるのはいつも午後。積み置きする倉庫に再び到着するのは夕暮れ時だった。
倉庫に着けば積み込みのトラックでごった返している。順番待ちの時間が貴重な休憩時間となる。時間的・体力的にキツい部類の仕事だった。
しかし、私は絶対に弱音を吐かなかった。本当は毎日がとても辛かったが、だけど負けたくなかった。
レベルの低い女同士のイジメ 普段の仕事ぶりが認められた喜び
その会社には3人の先輩女性ドライバーがいた。私は普通に仲間として仲良くしたかったが、彼女たちは新人の私を歓迎してはくれなかった。
私のすべての行動が気に入らないらしく、幼稚なイジメが始まった。休憩室でウトウトして起きたら靴が無くなっていたり、トラックに落書きされたり……。
「おはようございます」「お疲れさまです」と挨拶してもことごとく無視され、「あんたなんかにトラックドライバーができるわけないじゃん」「目障りなんだよ! 早く辞めれば?」と言われたり……。
確かに私は、少しヤンチャな彼女たちと違って、ハタから見ればチビでひ弱そうで、トラックドライバーという感じでは無かった。そんな新参者の私が、他の男性ドライバーとはすぐ打ち解けて、楽しそうに話をしたりしているもんだから、なおさら腹を立てていたのだろう。
悔しかった。だから絶対に、尻尾を巻いて逃げ出すようなことはしたくなかったのだ。負けたくなかった。仕事を完璧にこなして見返してやりたかった。
彼女たちも仕事となれば、商品事故や交通事故、延着などはなく、そつなく業務をこなしていた。しかし、彼女たちの仕事は同じ冷凍でも、朝4時に出発し、都内の倉庫を数軒まわり、積み置きしても夕方には終了というものだった。
私にはそれが好都合でもあった。その会社の給料体制は、基本給に自分の運んだ荷物の運賃の売上の10パーセントが上乗せされる歩合制だった。
入社して数カ月目の給料日、所長に言われた言葉が忘れられない。「お疲れさま。いつも大変な仕事がんばってるよね。今月の売り上げ、冷凍車のなかでナンバーワンだよ」。
嬉しかった。私のことを毛嫌いしていた彼女たちに売り上げで勝ったことも嬉しかったが、それよりも無口でクールな雰囲気で近寄りがたかった所長が、きちんと自分の仕事っぷりを見ていて、理解してくれたことが何よりも嬉しかった。
やがて私は、仕事を通じて知り合った大型トラックドライバーと結婚をした。でも、結婚しても仕事を辞めることは考えられなかった。大型車に乗りたい。しかし、いつまでたっても4トン車ばかりである。
そんなとき、とある運送会社の所長から、「今ちょうど大型運転手募集してるんだけど、そっちで乗せてもらえないなら、うちに来れば? すぐに乗れるよ」。所長の甘い誘い文句に、大型に乗りたいという思いで膨らんだ心が揺らがないはずがない。
「はい! ぜひお願いします!」。私は咄嗟にそう答えていた。
私は晴れて念願の大型トラックドライバーになった。4トン車とは、クルマの大きさはもちろん、積み荷の量や重さも違う。運転や仕事に慣れると、関西や東北方面の荷物も任されるようになった。
夢を実現し、毎日がさらに充実していた。ずっとこの仕事を続けたい。そう思っていた。