フジエクスプレスで臨時運転士として乗務する記者のバス運転士日誌は、1年に1回行われる安全教育の模様をお伝えする。一般のドライバーにもぜひ知っておいていただきたい内容だったので、広くお伝えしたいと執筆した。
文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
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■乗務員の集合教育とは?
年に1回、集団で行われる安全教育は年末から年始にかけて数回の機会がある。1回だけだとその日はバスが動かなくなってしまうからだ。よって分散してすべての運転士が教育を受ける。
これには正社員も契約社員もパートもバイトもない。全員が受講する。ちなみに記者の場合は、希望した受講日は出勤希望日として日勤扱いになる。よってアルコールチェックもするし時給も出るし、昼食のお弁当付きという待遇だ。
点呼場でアルコールチェックを行い、会議室に向かう。多くの資料が配布され、スケジュールは座学と実技に分かれていた。まずは社長訓示に続いて2025年の安全指導についての総括が行われた。
■安全とは何ぞや?
さて、座学では安全標語を覚えて唱和するといったことはしない。科学的に証明されたいわば脳の科学により運転する人の心理を解き明かす。そのうえで安全に運転するにはどうすればよいかを学ぶのだ。頭ではわかっている当たり前のことができないのが人間なのだ。
バス業界では事故を起こす確率が高い層は統計的にわかっている。入社2年以内の者が52%で、事故再発者は41%という統計がある。これらの統計から初任運転士、事故惹起(じゃっき)運転士、高齢運転士は特に注意が必要なのだ。では安全とは何なのだろうか。
■急いで得するのか?という命題
そもそも絶対の安全、つまり100%の安全というものはあり得ない。何が起こるのかわからないからだ。しかし安全の定義は国際基準で決まっている。それは「許容不可能なリスクがない状態」である。ではリスクとは?と問われるとこれも国際基準があり、リスク=危害の度合い×危害の発生確率で表現される。
許容できるリスクがない状態であれば安全と言えるのであれば、危害の度合いか発生確率かどちらかをゼロにすれば掛け算なのでリスクはゼロになる。しかしリスクはイチゼロの世界ではなく確率の問題なので、限りなくゼロに近づけることで安全を担保するという「理屈」ではる。しかしこの理屈がわかっていれば、その先にある負の事象を防げる、つまり事故回避につながるという理屈が納得できる「理論」になるのだ。
この結果から、安全と効率とはトレードオフの関係にあると言え、どちらも選択することは極めて困難であえることが理解できる。
無理にバスを追い越していく車が実に多い。バスはトロいので抜いてもらって一向に構わないのだが、そういう時に事故が起こる。急いでいるのだろうし、車両によっては運行回数で賃金が決まるダンプやミキサー車のような特殊な環境もあるだろう。
バスだってダイヤに従い運行しているので、遅延すれば所定のダイヤに戻りたい、つまり遅延を回復したいのが人情だ。バスを抜いても目的地到着は1分も変わらないのだが、さらに急ぐためには信号ギリギリで突っ込んでいったり、人が渡ろうとしている横断歩道を無視して走り去ったり、車線を頻繁に変更したりと、どんどんリスクが高い状態へと突き進んでいる。
これらが全部成功すれば目的地到着時間は数分以上違うだろう。しかし、急いだために得られたものは、失敗すれば一生分の損を背負って得たということを忘れてはならないだろう。
あらゆるリスクを冒してどこかでたった一つの事故を起こせば、数分のために急いだ結果、事故処理で何時間も余計にかかり、人身事故だと最悪の場合は一生分の損を負わなければならない。それを覚悟のうえで急いで無理な走りをしている人などいないだろう。
大きな事故で裁判になれば被告人の供述が報道されるが、たいていは結果については反省しているが、重大な事故になるとは思わなかったという内容が多い。本教育では人の脳はその時の自分にとってのみ「得」であると判断した行動しかしないという科学的な根拠が示され、逆に恐ろしいと感じた。
急ぐことの得は本当に得なのかをもう一度考えてみていただきたい。バスを抜いても構わないが、その後は信号無視や無駄な車線変更で事故を起こすリスクは極力減らした方が、ドライバーと家族の為にもいいと思うのだがいかがだろうか。






