現役バスガイドが楽しく真剣に仕事の魅力や大失敗談を赤裸々に語る「へっぽこバスガイドの珍道中」は、これまで支えてくれた人について何度か書いてきた。今度は育てられる側は何を思っているのかについて書いてみる。多くの若い社会人は同じことを思っているかもしれないので、ご自身に重ねて読んでいただきたい。
文/写真:町田奈子
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
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■「強いよね」と言われる人ほど傷ついている?
「強いよね」「何を言っても平気そう」そう言われてきた人ほど、実は誰にも見えないところで、何度も心を折られているのではないだろうか。バスガイドであろうとなかろうと社会で生きていく以上は、注意や指摘を受けることは避けられない。言われる側に至らない点があるのはその通りである。そのような「指導」を否定するつもりは毛頭ない。
だからといって、どんな言い方をしてもいいわけではないと考える。どんな人でも、心無い言葉を向けられれば傷つく。昨今のSNSでの誹謗中傷の数々は顕著な例であろう。私の場合はそのたびに凹み、泣き、それでも何事もなかった顔で立ち上がってきた。周囲からは「あなたは強い」「全然へこたれない」そう言われることもあった。だがそれは、表に見えている一部分にすぎない。
人に見えないところで病み、休みの日に布団から出られなくなったことも一度や二度ではない。表に見える姿だけで判断をするしかないのだが、言われた側に立てないのも困った話なのだ。
■昭和の空気が残る業界?
この業界には今でも「先に入った人が偉い」「下の立場は下らしく」そんな昭和の香りが残っている。芸能界では通用しても社会一般ではどうなのかと感じる。それでも人として最低限の挨拶や礼節は、立場に関係なく守られるべきだと考えている。無視をされても挨拶を続けてきたのは、仕事以前に人として当然のことでそうありたかったからだ。
また、仕事である以上は個人的な好き嫌いで態度を変えることや、一方だけが過剰に気を遣う関係性にも疑問を感じてきた。それが「当たり前」とされている空気に違和感を覚えずにはいられなかった。
これらの「伝統」は運輸業界ではなかなか変わらない。技術の継承は必要なことなので一家相伝は結構だ。しかし時代にそぐわない悪しき習慣まで継承してしまうので、これからの世代には疑問しか残らないという現象を生んでしまう。
■指導という名の「見せしめ」
特に忘れられないのは、指導という名目で、複数人の前で強い言葉を向けられた経験だ。改善点を伝えるというよりも、名指しで責められているように感じた。後になって、その言葉が「あえて周りに聞こえるように伝えたものだった」と知り、大きなショックを受けた。
もちろん、至らない点がなかったとは思っていないし、反省すべき部分があることも理解している。ただし、そのやり方が 本当に人を育てる指導だったのかどうかについては、今でも答えは出せていない。昔はそうして社会の厳しさを体で覚え込ませていたのだろう。
人前で恥をかかせること、萎縮させること、「何も言わない方がいい」と思わせること等々。それは本当に成長につながるのだろうかという命題について、社会全体で考えなければならない時代に差し掛かっているのかもしれない。
宿泊を伴う業務の中で、性別や立場による役割が無意識のうちに固定されている場面にも疑問を感じてきた。一つひとつは小さな出来事かもしれないが、それらが積み重なった結果、現場には静かに、しかし確実に声を上げにくい空気が醸成されていく。要するに「誰得?」ということが言いたいのだ。



