今回のパワースポットは三重県松阪市にある花岡神社である。三重県は神宮をはじめ数多くの神社があり、観光旅行で行くならば有名どころから参拝する。しかし、多くの神社があるからこそ隠れたパワースポットも多く今回はその中から花岡神社を選択してみた。本稿には四柱推命による令和8年3月のバス占いも付録しているので合わせてご覧いただきたい。
文/写真:東出真
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
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■難読地名のバス停で降り忘れるな!
松阪市は伊勢湾に面し、西側は奈良県との県境にも接する。暖かい気候に恵まれながら県境付近にそびえる高見山ではこの時期は白銀の世界となり、樹氷も見られ様々な景色が楽しめる。また松阪市といえば世界的にも有名なブランド、松阪牛があり県外や海外からも多くの観光客が訪れている。
その玄関口でもある松阪駅から三重交通のバスに乗って10分ほどで、降りたのは「駅部田」バス停で花岡神社の最寄りバス停だ。周辺は国道42号線に近いエリアには商業地が、また住宅街も広がっており比較的静かな印象だ。交差点にかかる歩道橋の向こうに鎮守の森を見ることができる。
ちなみにこの「駅部田」バス停は何と読むかお分かりだろうか。この辺りの地名で「まえのへた」と読み、難読地名の1つである。地名の由来としては松阪駅のそばにあった「部田」(へた)の地であったことからこの名が付いたとされている。
■花岡神社の境内
歩道橋を渡るとすぐ石の鳥居が見えてくる。その奥には神社の敷地や本殿を見ることができる。本殿に向かう参道なのだが、横は市道が走り暗渠と思われるコンクリート道路が続いている。南側には駐車場も整備されており、自動車で参拝に来ることも可能だ。
小さな道路を横切ると神社の敷地、そして次の鳥居をくぐる。神社と聞くと、どうにも広大な面積をもつ境内をイメージしてしまうのだが、ここは市街地だからなのだろうか、とてもコンパクトな印象を受ける。鳥居から10mも先を見れば本殿である。
訪れたこの日は生憎の雨天であったが、見上げると正月を迎え取り付けられたのであろうか、まだ真新しい飾りを見ることができた。またその横には今年の干支である午が描かれた大きな絵馬が置かれていた。
■花岡神社の歴史
花岡神社の歴史は新しい。明治41年当時、飯南郡花岡村のそれぞれの地に鎮座されていた神社を小黒田土取 (御殿山) に合祀し、その際初めて花岡神社と称されたという。現在の花岡神社は大黒田町であるが、その南側には小黒田町、御殿山町がありその地名から当時を思い浮かべることができる。
また現在地には花岡という地名はないが、飯南郡花岡村という地名に由来しているようだ。飯南郡は現在の松阪市が合併する前に旧松阪市の南西側にあった郡で飯南町、飯高町があり、過去には花岡村という村があった。そこから由来していると考えられる。
そして明治44年には大黒田へ移転が許可、大正5年に現在地への御遷宮が斎行された。またその後は、20年ごとに式年御遷座祭御造営が斎行され、平成28年には第5回目の式年御遷座祭御造営併せて御鎮座百年記念大祭が斎行された。
御本殿は、神社建築の中でも最も美しいと言われる「流れ造り」で、山室に鎮座されていた牟礼神社の御本殿を遷して修築されたものである。また頂いた由緒書きによれば、後嵯峨天皇の御代、寛元2年(1244年)の秋に当時の山室山城主式部少輔藤原兼高が、楠本森と称する森中の旅の大木により御本殿を改造されたとある。
その後も幾度か修築されたが御本殿外側の張り板及び正面の龍の彫刻がある高梁は当時のまま現存されており、現在松阪市内の神社建築物の中でも最も古く貴重な御本殿だという。拝殿の奥に位置するのが御本殿だが、さすがに直接見ることのできる角度ではないのだが非常に貴重なものなので機会があればぜひ見てみたいところだ。
このように花岡神社としての歴史は浅いが、合祀されたそれぞれの神社の歴史は鎌倉時代にまでさかのぼる。同年に永平寺が建立されているのでどれだけ古い神社群が合祀されたのかがお分かりだろう。








