伝説の動画メディア「ベストモータリング」のなかでも、語り草となっているのが「ダイハツ・ミゼットII」によるワンメイクバトルだ。あまりに特殊な1シーター軽トラによる全開走行は、多くの人の記憶に刻まれている。当事者である中谷明彦氏が、封印された事故の真相と超絶バトルの裏側を綴る。
文:中谷明彦/写真:ベストカーweb編集部
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このコラムでも何度か触れているが、かつて日本の自動車メディアの中で極めて特異な存在だったのが「ベストモータリング」である。2&4モーターリング社が制作し月刊で発売されていたVHSビデオの動画メディアで、クルマの走行テストやサーキットでの全開走行を映像で伝えるという、当時としては画期的な媒体だった。
現在でこそYouTubeなど動画によるレビューは当たり前だが、当時はインターネットも普及しておらず、新型車が全開で走る様子を一般ユーザーが見る機会はほとんどなかった。紙媒体の雑誌では、どれだけ詳細に文章を書いても、クルマの挙動やスピード感、コーナリング中の姿勢変化といったものを完全に伝えることは難しい。
しかし映像なら、それがひと目でわかる。その意味で、ベストモータリングは単なる自動車番組ではなく、クルマの性能を嘘偽りなく可視化するメディアとして大きな価値を持っていたのである。
ベストモータリングの看板企画といえば、やはりサーキットで行われるバトルだろう。新型車同士、あるいはライバル車同士を同じ条件でサーキットに持ち込み、プロドライバーが実際にレース形式で戦う。参加メンバーも黒沢元治氏、土屋圭市氏、清水和夫氏に私も加わり、当時活躍するプロドライバーが出演して非常に豪華だった。
筑波サーキットなどで実際にレース(バトル)を行い、ラップタイムだけでなく実戦の中での速さを比較するというこの企画は、今振り返っても大胆な試みだったと思う。
当然ながらリスクもある。市販車同士が全開でバトルを行うのだから、接触やクラッシュのリスクもゼロではない。それでもこの企画が成立していたのは、ドライバー全員がプロフェッショナルであり、なおかつ「本気で速さを追求する」という共通認識を持っていたからだろう。
そんなベストモータリングの歴史の中でも、今でも強烈に記憶に残っている企画がある。それが「ダイハツ・ミゼットⅡ」によるワンメイクバトルだ。
ぶっ飛びすぎ!! ミゼットIIだけのワンメイクレースが実現
ミゼットIIといえば、珍しいひとり乗りの軽トラックであり、コスト削減のため左側ウィンドウは非開閉という非常にシンプルな構造のクルマだった。当然ながらサーキットで速さを競うようなクルマではない。
しかし当時のベストモータリングは、ライバル車同士を戦わせるという企画が基本だったため問題が生じた。ミゼットIIにはライバルがいないのである。そこで編集部が考えたのが、ミゼットIIによるワンメイクレース(バトル)だった。
ところが、ここでもうひとつ問題があった。通常、メーカーから借りられる広報車両は1車種につき1台が基本である。しかしバトルを成立させるには最低でも4台以上が必要になる。果たしてダイハツがそこまでの台数を用意してくれるのか。さらに言えば、性能差のない同一仕様車が本当に存在するのかという別問題もあった。
だが、結果として、筑波サーキットには7台ものミゼットが並ぶことになった。この光景は今思い出してもなかなか壮観だった。ただし、ドライバー側には不安要素も多かった。まず絶対的な動力性能が低い。筑波サーキットの通常のバトルでは5周程度で勝敗を決めるが、ミゼットのラップタイムは当然ながら非常に遅い。周回時間は通常のスポーツカーの倍以上になる可能性があった。
そして、問題は耐久性。エンジン、ブレーキ、冷却系。どれをとってもサーキット全開走行を前提に設計されたクルマではない。果たして最後まで持つのか。そんな懸念がドライバーの間でも話題になっていた。しかし私がもっとも気にしていたのは別の点だった。横転の危険性である。
ミゼットIIは車幅が狭く、全高が高い。つまり重心が高く、コーナリング中の安定性は高くない。しかもABSも電子制御も一切ない。もしコーナリング中にイン側縁石にでもタイヤが乗れば、一気に横転する可能性もある。
シートのホールド性もほとんどなく、万が一の時にはドライバーの身体も守られにくい。そうした意味では、実はかなり危険なバトルだったと言える。











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