クルマはいろいろ改良が加えられ、心臓部といえるエンジンについてもしかり。10年程度作られているエンジンはザラにあるが、なかには20年選手も存在している。日進月歩のクルマ界で大丈夫なのか?
エンジンには型式というものがあり、どれだけ大きな改良を受けても型式が変更されなければ同一エンジンと見なされる。
実際にデビューして長い時間が経過した日本の超ベテランエンジンで、デビューからまったく改良を受けず放置されたまま現役を続けているというエンジンは皆無だ。
日本の超ベテランエンジンを鈴木直也氏が実力診断する。
文:鈴木直也/写真:ベストカー編集部
エンジンの開発費は膨大ゆえ長期間使用
電動化が進みつつあるとはいえ、クルマの心臓部といえばやっぱりエンジン。デザインやシャシーがいかに優れていても、エンジンがダメならそれはダメなクルマ。歴史上、駄作エンジンを積んで名車と呼ばれたクルマはない。
ただし、エンジンは開発投資の額が莫大になるため、クルマのモデルチェンジのようにはほいほい変更ができない。
一説によると量産エンジンを新規に開発するには、300億〜500億円程度の投資が必要と言われている。このコストだけを見ると「大した金じゃない、エンジンもどんどんモデルチェンジすればいい」とも思えるのだが、実はエンジンは生産設備の改変の方が難しい。
鋳造ラインや鍛造ラインはいったん設置すると変更が大仕事になるし、同様に機械加工用のトランスファーマシン、自動化組み立てラインなども、車体のプレス型取り替えのようにはぽんぽん変えられない。
さらに、今ではこれに加えて“適合”といわれる作業が膨大になる。
現代の内燃機関は燃費と排ガスの縛りが異常に厳しく、どんな運転状態でも精密に燃焼をコントロールして、排ガス浄化システムを正しく働かせる必要がある。
端的にいえばエンジン制御ECUのプログラムを完璧に造り込むことを“適合”というわけだが、そこに投入されるエンジニアのマンパワーたるやハンパなものではない。最近のエンジン開発は、完全にこの部分がボトルネックになっているほどだ。
そんなヤヤコシイ状況ゆえに、どうしても一度開発されたエンジンは長期間使われる傾向がある。
というわけで、このコラムではロングセラーを続けているご長寿エンジンについてちょっと考察してみようと思う。
○日産VQ35DE
日産は量産エンジンのV6化で先行したメーカーで、1983年にセドリックでデビューしたVG系が国産初のV6エンジンとなった。
この系譜を引き継ぐVQは1994年生まれ。現在もエルグランドなどに搭載されて現役だ。
初期のVQには2Lバージョンも存在したが、省燃費志向やダウンサイズターボの普及によって、世紀の変わり目あたりから小排気量バージョンは激減。現在は北米市場向けの3.5Lが主力となっている。
このエンジンから発展し、ブロックやコンロッド長を変更してさらに高性能化したVQ・HRシリーズ。そこに連続可変バルブタイミング“VVEL”を搭載したVQ37VHRなども、広い意味でのVQファミリー。
初代のデビューから25年以上経ってもバリバリ現役というのは、まさに名機の証明といっていいと思う。
大排気量NAがすっかり廃れた日本市場では実感がないが、じつはこの“VQ”というのはアメリカでは一種のブランドで、エンジンオブザイヤーの10ベストに1995年〜2008年まで14年連続選出されるなど、業界関係者の評価も高い。
燃費規制が厳しさを増す中で、最近はさすがに生産量が減少してきてはいるが、まだしばらくは日産の主力V6エンジンを務めることになりそうだ。
○スバルEJ20
EJ20は1989 年にデビューした初代レガシィに初搭載された。スバルとしてはこのエンジンが初のDOHC4バルブ。新技術を盛り込みすぎたためか、デビュー1年ほどでヘッド周りの大改修が行われたが、それ以降は基本設計を変えることなく現在まで造り続けられている。
ご存知のとおり、スバルは2010年に新世代水平対向エンジンとしてFB系を発表。現在はここから派生したバリエーションが主力となっている。
にもかかわらず、いまだに古いFJ系が生き残っているのは、高性能志向のエンジンとしては、まだEJ系のポテンシャルに魅力があるからだ。
象徴的なのがボア・ストロークだ。EJ20はボア92mm×ストローク75mmという、古典的水平対向らしいスペック。大きなボアで広いバルブ面積を稼ぎ、ショートストロークでぶん回してパワーを絞り出すアーキテクチャだ。
対するFB20は、ボア84mm×ストローク90mmと対照的。熱効率のいいコンパクトな燃焼室、フリクションを下げる長いコンロッド、アトキンソンサイクルと相性のいいロングストローク。基本的に燃費志向の考え方で設計されている。
量産エンジンならFBベースでもEJ並みかそれ以上のパフォーマンスを実現できるが、モータースポーツユースまでカバーしようとすると、FBの基本アーキテクチャが不利になる。
このあたりが、スバルがなかなかEJ20を捨てられない理由なのではないでしょうか?
○トヨタ2AZ-FE
一斉を風靡したS型の後継として2000年に2代目エスティマでデビューしたのが2AZ-FE型。AZ系は2〜2.4Lクラスをカバーする実用エンジンとして、ミニバンからハイブリッドまで広く活用されている。
メカニズム的には、AZ系には特別ユニークなところは見当たらない。3S-FE“ハイメカツインカム”以来の伝統となった、86mm×86mmスクエアのボア・ストロークの上に、狭バルブはさみ角DOHC4バルブヘッドが載る基本構成は同じ。
新世代らしい部分としては、直噴のD-4が新登場したこと、作用角の大きな可変バルタイVVT-iによって、ハイブリッド仕様ではアトキンソンサイクル運転を実現していることなどがあるが、基本的には手堅い設計のオーソドックスなエンジンだ。
また、かつての3S-GTEのような高性能バリエーションが造られなかったため、そういう意味でも目立つ部分が少ない。
ただ、それをもってAZ系を「平凡」と評するのは間違いだ。
AZ系がすごいのは、ノア・ヴォクやカムリなどのベストセラー車に搭載されて、膨大な数が造られているところ。最盛期には少なくとも年間150万基以上が生産されていたと思われる。
ようやく最近になって、次世代の“ダイナミックフォース”エンジンシリーズの生産が始まったが、AZ系のバリエーションすべてを置き換えるには、おそらく10年単位の時間が必要。
世界中に普及したエンジンというのはある種のインフラと同じで、その領域まで到達したエンジンが平凡であるはずがない。
AZが長きに渡って使われ続けているのは、まさにこの膨大な生産量の賜物。世界中の生産工場で造られ、世界中の市場で売られるエンジンは、そう簡単に世代交代するわけにはいかないのだ。
○三菱6G72
ご長寿エンジンの中でも、数奇な運命を辿って結果的に生き残ったレアものがたまに存在する。1986年にデビューしたデボネアVに初搭載され、現在もパジェロに搭載されている6G72などがまさにソレだ。
この6G系、デビュー年でわかるとおり基本設計は古く、最初は鋳鉄ブロックSOHC12バルブの2LV6からスタートしている。
ただ、オーソドックスだが手堅い設計ゆえに、排気量拡大やパワーアップの余地が大きかったことが幸い。バブル期には時の勢いに乗って、排気量は3L以上まで拡大され、DOHC24バルブターボなども登場。
1990年台半ばの全盛期には、GTO、パジェロ、ディアマンテなどに搭載され、三菱自慢の高性能エンジンとして華やかなバリエーションを形成していた。
その後、バブル崩壊による景気低迷や、不祥事によるブランド価値の毀損など、三菱にとっては暗い時代が続くわけだが、思い切った新規投資ができなかったことが、かえって6Gシリーズの存続につながるのだから皮肉なものだ。
輸出仕様のギャランやパジェロなどに一定の需要はあるものの、世代交代をして新規にエンジンを開発するほどの余裕はない。
結果、連続可変バルタイの新型MIVECを搭載したSOHC24バルブ仕様を投入するなど、地道な改良を繰り返しつつ現在まで現役カタログモデルの座を維持している。
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