国鉄/JRが運営していた鉄道路線が廃止になり、路線バスがその後を継ぐ流れは昔からよく採られていて、九州にも同様の例が見られる。その一つが旧・国鉄志布志線だ。
文・写真:中山修一
(バスマガジンWeb/ベストカーWebギャラリー内に、志布志線代替バスの写真があります)
■JR化直前に消えた赤字ローカル線
志布志線は宮崎県の西都城と、鹿児島県の海沿いの街・志布志との間およそ38.6kmを結ぶ国鉄の路線だった。開業は1923年で全通が1941年。
2026年1月現在、西都城はJR日豊本線の主要駅で、志布志にはJR日南線が乗り入れている。ことに志布志駅はその先にレールの続かない静かな終着駅の様相へと姿を変えているが、その昔は大隈線と志布志線の2路線に繋がるターミナル駅であったのが特筆される。
1985年の時刻表準拠で、志布志線には1日10往復ほどの列車本数があった。しかし長年赤字に悩まされ続けてきたローカル線が志布志線の実情だったため、国鉄がJRに変わる直前の1987年3月28日に廃止された。
■地元バス会社が国鉄線の後を繋いだ
代わりの交通手段として、地元の民営バス事業者である鹿児島交通が運行を請け負う代替バスが、国鉄志布志線の廃止と同じ日にデビューを飾った。
当初は鹿児島交通のバスであった志布志線代替バスも、同路線を担当していた営業所の路線系統が、2004年頃に三州自動車に引き継がれることになった。
バス車両の見た目は鹿児島交通とほぼ同じだったようだが、一旦は三州自動車のバス路線となって勤め先が変わり、2018年の同社の解散まで続いた。現在は再び鹿児島交通ブランドの路線に戻っている。
■お定まりの狭き門!?
さて、2026年1月現在も志布志線代替バスは毎日運行しており、どのような様子になっているのか。
行き先と経路は開業当初からそれほど変わっていないようで、都城駅/西都城駅〜志布志駅前のおよそ43.3kmを結んでいる。
国鉄志布志線の区間は西都城〜志布志であったが、鉄道時代も都城が始発/終着に設定されている列車がほとんどだったため、今日の代替バスも引き続き、鉄道と同等の区間を維持している印象だ。
続いて注目すべきはバスの運行ダイヤ。こちらは全国各地の代替バス系でもかなり少なめで、乗るのに少々工夫が要る本数と言える。
バスの進む方向で本数が異なり、平日ダイヤでは志布志→都城が1日3本で、都城→志布志は4本。土休日となれば都城方面はたったの1本! 志布志方面は2本と一層の極細化によってハードルが上がる。
宮崎県の都城寄り・県改良研究所前〜都城市内の約21kmに関しては、一部経路のよく似た別路線が合流するため少し本数は増えるが、いずれにせよ極めて狭き門をくぐらないといけない。
■けっこう面影堪能できます
志布志線代替バスのメインルートを書き出すと、志布志→都城方向の場合、志布志市街地を抜けると、鹿児島県道63号→広域農道「そお街道」→鹿児島県道110→63号→国道269号の要領で進む。
終盤に鉄道時代の志布志線の起点だった西都城駅を経由して都城駅、終点は都城駅から200mほど離れた、鹿児島交通の車庫併設バス停(都城)になっている。
鉄道廃止から約40年を迎えるとはいえ、乗車中に景色を観察していると、道路の真横に妙に寄り添って敷かれている、なんともゆる〜いカーブを描くサイクリングロードをはじめ、「多分これ線路跡だね」と思わせる場所を結構見つけられて楽しい。
また、志布志線代替バスの経由地に「松山駅跡」、「岩北駅跡」、「末吉駅跡」と“駅跡”の名が付いているバス停が3つあるのも注目すべきポイントで、近くに記念モニュメントや鉄道記念館などがある。
残念ながらバスの本数が少なすぎるため、途中下車してじっくり見て回るのは多少の苦労を伴うかもしれないが、バスに乗りながらでも一部見られるものもあり、国鉄線の面影を偲ぶにはもってこいだ。
さらにこのバス、元々鉄道線だった性質を受け継いでる点が条件を緩めているのか、全国的にレアキャラである県境越え系一般路線バスの肩書きを持っているのも見逃せない。
全区間乗り通した際の所要時間は1時間24分、運賃は1,430円だ。訪問時点ではバス車両に積まれている運賃箱が新千円札の両替未対応とのことで、乗車の際運転手さんからその旨を伝えられた。乗る際は一世代前の千円札か小銭を用意しておくのが良さそう。








