バスターミナルなどに停まっているバス車両を見ると、タイヤの下に「くさび」を挟んでいることが多い。もちろんこれは“輪止め”なのだが、ここまでの作業が必要なのだろうか?
文・写真:中山修一
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■単純だけど欠かせない道具
タイヤの下に挟むあの「くさび」は、見ての通り車両が不意に動いて(転動)しまわないようにするストッパーの一種だ。どちらかと言えばバスやトラック、電車、飛行機など、大きく重い乗り物で多用される。
材質は樹脂または木製が主流で、製品としてはゴムや金属製もある。くさびの活用法は紀元前から確立されているが、今日のタイヤ用ストッパーも極めてシンプルなブロック状をしている。
ハイテクの塊である現代の乗り物に対して「そんなので大丈夫か?」と思えるほど原始的な見た目だ。とはいえ問題ないからこそ、そういう姿形なのかもしれない。
「輪止め」をはじめ「タイヤストッパー」、「手歯止め」、「歯止め」、「ハンドスコッチ」など、呼び方が何種類もある。手歯止めやハンドスコッチは元々鉄道用語から来ており、今もその色合いが濃い。
英語では「ホイールチョック(Wheel Chock)」と呼ぶのが一般的なようだ。「ハンドスコッチ(Hand Scotch)」も出自は英語ながら、現代英語からは既に消えた表現らしい。
ハンドスコッチという言葉は1897(明治30)年の時点で文献に見られるほか、明治時代の鉄道用語和英辞書にも、手歯止めを意味する英単語の一つとして掲載されている。
これは19世紀頃、英語の“スコッチ”には「石を車輪の下に置く」という比喩的表現があり、それが由来になり当該の道具がハンドスコッチと呼ばれるようになり、日本に伝わったと思われる。
英語では人知れず完全に死語となっていたハンドスコッチであるが、日本語にカタカナイズされた言葉は依然、元の意味のまま残り、ベテランのドライバーが使用していることが少なくない、というのがちょっと面白い。
■ブレーキと手を取り合う切実な事情
手歯止めが車両の転動防止に役立つのは理解できるとしても、車両には自前のブレーキが付いているのに、なぜわざわざ手歯止めを持ち出す必要があるのか、という点が気になる。
車両を完全に停車させる場合、パーキングブレーキをかけるのは普通乗用車も大型車も一緒だ。最近のバス車両には、ホイールパーク式という停車用のブレーキシステムが搭載されている。
ホイールパーク式は、パーキングブレーキをONにすると、スプリングの戻る力で強制的にブレーキがかかるようになっており、理屈の上では、どうやっても動き出さないようにできている。
それでも手歯止めを併用するのは、クルマを動かすのは人間という対処不可能な“弱点”にある。絶対に間違いを犯さない人間など一人もいないわけで、どこかでミスするのは仕方ないことだ。
もしパーキングブレーキをかけ忘れていたら……バスやトラックのように質量の大きな車両であれば大惨事になってもおかしくない。
そこで手歯止めを噛ませるクセを付けておけば、ブレーキを引き忘れても車両が勝手に転がり始めるリスクは少なからず抑えられる。
もちろん正しくブレーキを操作してさえいえば問題ないはずだが、用心に越したことはないので、車両の性能が向上しても手歯止めが引退する余地はあまりないワケだ。
感覚的にはお守りのような役割で、本来の能力を発揮させないのが正しい使い方と言える。