駅での待ち合わせの定番として渋谷駅のハチ公などは特に有名だ。ただハチ公は東京の渋谷駅だけにあるのではない。意外な場所と理由で存在している。そんなもう1つのハチ公にせまってみる。
文/写真:東出真
編集:古川智規(バスマガジン編集部)
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■津市にハチ公が?
三重県津市は最も短い都市名であり、三重県の県庁所在地である。津市の久居地域は久居市という街であったが津市と合併した。近鉄久居駅の駅前商店街が広がる西口にはバスターミナルがあり、バスが発着する姿が見られた。
そして久居駅の東側には公園と大きなロータリー、正面には陸上自衛隊の久居駐屯地がある。明治41年10月に発足し、現在は第33普通科連隊が置かれている。東口を出た「緑の風公園」の入口に忠犬ハチ公の銅像が設置されている。
■ハチの飼い主に由来する
ハチ公というと当時の東京市渋谷駅に飼い主の帰りを出迎えに行き、その後飼い主が亡くなった後もずっと改札から出てくるのを待ち続けたという、みなさんご存じのお話だ。
それが話題となり、ハチ公の銅像を建設しようということになり、1934年に渋谷駅改札口前に銅像が設置された。これまでに映画化されたことでご存知の方も多いだろうが、なぜ久居駅にハチ公の銅像が建っているのか。
それは横の人物に関係がある。左側に立っているのはハチ公の飼い主である東京帝国大学(現・東京大学)の農学部教授・上野英三郎博士だ。上野博士は旧久居市(現在の津市)出身なのだ。
そんな関係から生まれ故郷である場所にも博士とハチ公の銅像を建てようという運動が起こり、全国から集めた寄付金により2012年10月に銅像が久居駅東口に設置された。
渋谷駅の銅像はハチ公のみだが、久居駅は上野博士と向き合った姿の銅像になっている。銅像の下には「上野英三郎博士とハチ公」と刻まれ、「上野英三郎博士とハチ」と書かれた説明書きと側面には「ああ忠犬ハチ公よ」という歌詞と楽譜が書かれている。
■バス停はすでに「ハチ公口」に!
そんな経緯で置かれた上野博士とハチ公の銅像であるが、同地に置かれたことである変化が起きたという。それは近鉄久居駅の東口を「ハチ公口」という名称にしてはどうかという話である。
もちろん現在の駅舎を見渡してもハチ公口の表記はない。久居駅東口を発着するのは三重交通だが、バス停を見ると「久居駅東口(ハチ公口)」という表記がある。
バスの到着時間に合わせて行き先表示を確認してみたが、確かにバスのLED表示もしっかり「久居駅東口(ハチ公口)」と表示されていた。調べてみると銅像が建てられたあとの2016年4月にバス停の名称が変更されたという。
この時期には前述した「ハチ公口」という名称にしようという運動もあったようで、その動きでなんとか盛り上がりの1つにしたいという三重交通の思いが名称変更に繋がったようだ。
月日は流れ2024年現在でも、未だに近鉄久居駅東口が名称変更には至っていない、しかし2025年は上野博士の没後100年にあたるので、運動の盛り上がりと行政からの働きかけがあれば実現不可能ではないだろう。今後の動きに注目だ。