アウディ A5のスポーツ仕様がS5、そしてそのステーションワゴン版がアウディ S5アバントだ。アバントの美しさを評価しつつ、テリーさんはアウディにどこか物足りなさを感じているようだ。アウディに不足しているのは……アレだ!?
※本稿は2025年6月のものです
文:テリー伊藤/写真:茂呂幸正 ほか
初出:『ベストカー』2025年7月10日号
いつもの安心感を味わう……だがそれでいいのか?
S5アバントのデザインは美しく、アウディらしさに溢れている。上品、端正、上質など、思い浮かぶ言葉はハイグレードなものばかりで、これこそアウディの王道なのだろう。よく言えば「安心感がある」だが、ちょっと意地悪な言い方をすれば「いつもと同じ」ということにもなる。
先代までセダンがA4、そのクーペなどの派生車がA5と分けていた車名を「A5」に統合した。ラインナップは今のところA5セダンとA5アバントの2種類で、ハイパワーエンジンを積んだスポーツ仕様が「S」を名乗るのは以前と同じだ。
S5アバントはV6、3Lターボのマイルドハイブリッドで、エンジン367ps、モーター25ps。パワフルさと品のよさを兼ね備えた走りは見事で、スポーツ性を前面に押し出してくるBMWとも違う個性がある。
編集担当はこの走りが大いに気に入ったようで、「さすがアウディだ!」と興奮している。予想以上に迫力のあるエンジン音を響かせるあたりはスポーツワゴンそのもので、好きな人にはたまらないだろう。私としても、「走りが最高にいい」という意見に異論はない。
だが、S5アバントの車両価格は1060万円だ。1000万円超のクルマを「走りがいい」だけで買う人がどのくらいいるのか。また、この価格で「乗ればよさがわかる」が通用するのだろうかと考えてしまう。
アウディにはスケベな要素が足りない
かつてアウディはベンツ、BMW、ポルシェなど、ほかの欧州高級車ブランドよりも上品で、資産を代々受け継いできたような旧家、名家タイプの富裕層に人気を博していた印象がある。あまり目立ちたくない人のための高級車である。
しかし私の見立てでは、アウディはある時からだんだん特徴のないブランドになってきてしまった。いや、特徴はあるが「変化しないブランド」というのが正しいか。冒頭、S5アバントのデザインを、美しいものの「いつもと同じ」と評したが、アウディ全体が旧態依然に見えるのだ。
そろそろ「シン・アウディ」を見せてほしい。いつもと同じようなクルマを作り、いつもと同じようなお客さんに選ばれているだけでなく、新しいアウディが見たい。それも、何かとんでもないことを「しでかしてしまう」アウディを見たいのだ。
走りもデザインもいいのはわかる。しかし今、アウディS5が登場し、販売していることを知っている人がどれだけいるのかということだ。根っからのアウディ好き、よほどのクルマ好きでなければ話題にしていないのではないだろうか。
今、アウディには何が足りないのか? 考えてみたら、意外と早く答えは出た。「セクシー」が不足していると思う。それもアート的なセクシーではなく、本能に訴えかけるセクシーさで、まどろっこしいのでハッキリ言うが、「スケベさ」が足りないのだ。
アウディには真面目なイメージがある。走りの哲学なども持っていそうで、人の心をかき乱すスケベな要素がまったくない。脂っ気がなく、いっちょ上がってしまっているのである。
アウディにはもっと、女たらしで危険な男の匂いが欲しい。ワゴンを作るにしても、湘南で水着の女の子を乗せてカフェに行くのが似合うような、そんなワゴンを作ってほしい。逆に言うと、アウディにはまだ変われる要素、伸び代がたっぷりあるということである。期待したい。


















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