ホンダの技術が世界に大きな影響を与える!
現在でもホンダの基幹技術の1つとなっているVTECは1989年、2代目インテグラで初搭載。VTECはバルブの開くタイミング(時間)とリフト量(高さ)をコントロール可能とする機構で、簡単にいうと低速トルクを保ちながら爽快な高回転の伸びも備えることができる。
VTECは応用によりリーンバーンを可能にした低燃費エンジンのVTEC-E、燃費とパワーを両立した3ステージVTECを経て、バルブタイミングコントロールを連続可変タイプとしたi-VTECに進化している。
最新のフィットのアトキンソンサイクルエンジンも、VTECの技術があればこそ成立したものだ
VTECのポイントであるプロファイルの異なる2つのカムを連続的に切り替えるという手法は、1990年代には三菱のMIVECや日産のVVLなどの開発に大きな影響を与えたといって間違いなかろう。
1990年代に入り、ホンダは大小2台のスポーツカーを登場させた。1台目は1990年登場のNSXだ。
NSXはアメリカホンダからの「イメージリーダーとなるスポーツカーが欲しい」といった要望などから企画が始まり、3L V6をミドに搭載したミドル級スポーツカーとして開発された。
軽量化のためアルミボディを採用したことを除くと意外にオーソドックスなクルマだったが、当時のポルシェ911やフェラーリ328を上回る性能を持っていたことに加え、スポーツカーに付き物だった乗りにくさやクォリティ、信頼性の低さといったある種の甘えを払拭したことは画期的だった。
NSXがアメリカで大成功したことでフェラーリは脅威を感じたのだろう。その後のF355などの新世代フェラーリの開発への引き金となったことは大きな意義といえるだろう。
1991年登場のビートは軽のミドシップオープンスポーツということで、大きなインパクトを与えた。速さは大したものではなかったが、そのぶん持っているポテンシャルを使い切れる楽しさは格別で、いまだにファンが多い。
乗用ミニバンの始祖 初代オデッセイ
バブル崩壊後、ホンダは当時ブームになりつつあったRVの持ち駒がなかったことなどが原因で経営不振に陥り、1992年にはF1活動も休止していた。
再び訪れた低迷期真っ只中の1994年に登場し、ホンダを救って第4次隆盛期の立役者となったのが初代オデッセイだ。
初代オデッセイはアコードベースの7人乗りミニバンで、当時少なかった乗用車ベースのミニバンだったことが決め手となり大ヒット。以降ホンダはクリエイティブムーバーと呼ばれる戦略でRVを拡充(初代CRV、初代ステップワゴン、S-MX)、業績を回復した。
オデッセイのスマッシュヒットはその後の国内ミニバンブームの引き金となり、トヨタは対抗車としてガイアを投入するなどの影響を与えることとなった。
ホンダ社内が上向いてきた1996年に登場した5代目プレリュードのトップグレードであるTypeSにはATTS(アクティブ・トルク・トランスファー・システム)が搭載された。
ATTSは駆動輪である、通常50:50の前輪の左右トルク配分を最大で80:20までコントロールできる機構で、異次元の旋回性能を実現。ATTSの経験は2004年登場の4代目レジェンドのSH-4WDの開発にも生かされた。
これらは技術的には大いに評価でき、国内外のメーカーに少なからぬ影響を与えたのだが、残念ながらプレリュード、レジェンドともに販売的には失敗作となってしまった。
1997年登場の初代プリウスに続くハイブリッドカーとして1999年に登場した初代インサイトは、燃費世界一を目指した実験車的な要素も強いモデルだった。

燃費向上の手法はアシストタイプのIMAハイブリッドにアルミボディ化による820kg(5速MT)という超軽量ボディを組み合わせ、リアホイールスカートの採用などによりCD値を0.25まで低減するといった比較的オーソドックスなもので、5速MTの10・15モード燃費は35km/Lという現代でも通用する値を実現。
210万円という価格も手間や内容を考えれば激安だった。なにしろ各部が「これでもか!!」というほど凝っていて、エンジンルームを覗くとフロントメンバーの作りなどまるでワンオフの試作車のよう。NSXの生産工場だった高根沢工場で、手作りに近いかたちで生産されていた。
21世紀に入った2001年に登場した初代フィットはコンパクトカーブームの火付け役となる超人気車となり、2002年にはそれまで33年連続で国内販売台数年間トップだったカローラを打ち破り1位を獲得するに至る。
その大きな要因は室内の広さだが、それにはガソリンタンクを車体中央に置く世界初のセンタータンクレイアウトが大きく貢献した。
センタータンクレイアウトはフィットのほか、N-BOXやN-ONEにも採用されている。フィットが開拓したユーティリティコンパクトがその後のコンパクトカーのパッケージングに大きな影響を与えた。
ガソリン価格の高騰もあり、エコカーへの注目が急速に高まった2008年にリース販売というカタチで登場したFCXクラリティは、何よりも燃料電池車で既存のクルマと関連のないスタイリッシュなボディを纏ったことが画期的だった。
クルマとしても燃料電池車の動力源であるスタックがセンタートンネルにコンパクトに収められているほか、性能も最高速160km/h、航続距離620kmと申し分なく、インフラが整備され、価格が現実的なものとなれば、普及も大いに期待できそうだ。
(写真、内容はすべて『ベストカー』本誌掲載時のものですが、必要に応じて注釈等を加えている場合があります)







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