登場から16年以上にわたり進化を続け、常に第一線に立ち続けた国産スポーツの象徴的存在、日産「GT-R(R35型)」。フルモデルチェンジを行わず、年次改良だけで世界トップクラスの性能を維持し続けたことは、世界的に見ても他に例がない、きわめて稀有な存在です。
なぜR35 GT-Rはここまで長く戦い続けることができたのか。そして、その思想を受け継ぐ次世代GT-Rは登場するのか。R35 GT-Rが残した功績と、「復活」の可能性について考えます。
文:吉川賢一/写真:NISSAN
【画像ギャラリー】日産R35 GT-Rの「転換点」 最大規模のデザイン刷新を受けた2017年モデルを振り返る(24枚)画像ギャラリーフルモデルチェンジなしで16年 R35 GT-Rはなぜ世界と戦い続けられたのか
2007年10月に発表、同年12月に発売された日産「GT-R(R35型)」。丸目四灯のテールランプや、狭いながらも実用性を意識した後席を備えるなど、それまでのGT-Rの流れを受け継ぎながら、その中身は当時の国産車の枠を大きく超える、まさに「スーパースポーツ」として登場しました。
搭載されたのは500PS超のパワーをもたらす3.8L V6ツインターボエンジン。エンジンをフロントに置きながらトランスミッションをリアに配置する日産独自のトランスアクスル4WD「プレミアム・ミッドシップ」レイアウトを採用するなど、走行性能を最優先にしたメカニズムが投入されました。
掲げたコンセプトは「誰でも、どこでも、どんな時でも最高のスーパーカーライフを楽しめる」。サーキットだけでなく、一般道や高速道路、雨天や荒れた路面でも高いパフォーマンスを発揮し、ドライバーの腕前にも過度に左右されない。日産はこれを「マルチパフォーマンス・スーパーカー」とよびました。
その実力を世界に示したのが、2008年のニュルブルクリンク北コースでのタイムアタックでした。市販状態、しかも標準タイヤであるダンロップを装着した車両で、当時の市販車ラップタイムを更新。これによって、GT-Rの名は一気に世界へと広まります。国産車が、しかも量産モデルが、欧州のスーパーカーと真っ向から渡り合ったその事実は、世界の自動車関係者に大きな衝撃を与えました。GT-Rのラップタイム結果に納得できなかったポルシェ陣営との場外戦が勃発したのも興味深い出来事でした。
GT-Rはまた、価格設定も高く評価されました。量販車と同一ラインで生産する手法によりで価格を抑え、当初の価格は税込777万円から。「ポルシェの半額で買える」マルチパフォーマンス・スーパースポーツは、ユーザーだけでなく、ライバルメーカーにとっても脅威でした。
その後もGT-Rは改良を重ねながら進化を続けますが、2014年モデルで大きな転機を迎えます。快適性や上質さを求める声に応える「スタンダード」と、コストを惜しまず純粋に速さを追求する「NISMO」という2つのキャラクターに役割を分担。尖り続けてきたGT-Rが「日常」と「究極」とを分ける戦略へと舵を切ったことで、安定して売れ続けるスポーツカーへと成熟していったのです。
残念ながら、排出ガス規制や騒音規制といった環境要件が年々厳しさを増していったことでモデル存続が困難となり、2025年8月をもって生産終了となりましたが、最後までファンに愛され続けたモデルでした。


























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