2022年、およそ14年ぶりにモータースポーツ活動を再開したダイハツ。そう、往年のファンならご存知のように、昔のダイハツはモータースポーツに積極的に参戦していたのだ。ここではダイハツモータースポーツの歴史の一端を振り返る。
※本稿は2026年4月のものです
文:片岡英明/車両解説:永田恵一/写真:ダイハツ、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2026年5月26日号
栄光のダイハツモータースポーツ
ダイハツは、1964年に主力のコンパーノ・ベルリーナがKSCC主催のヒルクライムで優勝し、モータースポーツ史に最初の一歩を記した。
すぐにDCCS(※)の基盤ができ上がり、1965年にはベルリーナをベースにした最初のプロトタイプ、P-1が製作されている。心臓は1Lの4気筒OHVだ。(※DCCS=ダイハツ・カークラブ・オブ・スポーツ)
P-1はクーペボディにして空力性能を向上させたP-2へと発展する。そして1966年に1261ccのDOHC4バルブエンジンを開発し、これを専用ボディに搭載した。初陣は第3回日本グランプリだ。念願のクラス優勝を飾っている。
最終進化系がミドシップに4輪独立懸架、4輪ディスクブレーキのP-5だ。外観も大きく進化させている。1967年に誕生し、1968年の日本グランプリでは総合10位、クラス優勝に輝いた。
ラリーフィールドではシャレードが大暴れしている。WRCのサファリラリーには1981年から参戦。1990年に総合9位と10位で完走し、待望のクラス優勝を勝ち取った。
翌1991年はクラス優勝に加え、レディス部門でも優勝を手にする。1993年は過去最高の5~7位入賞の快挙だ。その後もオーストラリアやニュージーランドのラリーなどで活躍を続けた。
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