前世代までのような「尖った存在」から、普遍的な存在へと定着してきた世界における日本車のポジション。しかしその場所に甘んじることなく、日本車の挑戦は続いた。ここでは2000〜2010年代における挑戦的な日本車をご紹介しよう。
※本稿は2026年5月のものです
文:岡本幸一郎、清水草一/写真:日産、三菱、ホンダ、マツダ、トヨタ、スズキ、ダイハツ、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2026年6月26日号
「日本車にしかできない!」挑戦の中から生まれた傑作車
まずはなんと言ってもGT-Rでしょう。それまで日本車にはできっこなかった、世界の強豪と肩を並べられる絶対的な速さに挑戦し、やってのけたところがエライ。実際にニュルでも素晴らしいタイムをマークし、世界がその動向を注視し実力を認めたほど。やっぱりGT-Rはエライ。
次いで量販SUVとして世界で初めてPHEVを実現した、アウトランダーPHEV。今でこそ当たり前になったPHEVだけど、当時としては“大発明”だ。走りのほうもモーター駆動の滑らかなドライブフィールは未知なるものだった。
マツダのディーゼルを印象付けた1台
3位の初代CX-5は、マツダが挑戦していたSKYACTIV技術と魂動デザインの両方を採用した第一弾として登場したクルマ。
それまで泥臭いイメージの強かったSUVを一気にオシャレなものへと昇華させ、驚異の低圧縮を実現したディーゼルは、力強くてガラガラ感の小さいスムーズなドライブフィールも大いに受け入れられた。
FFがスポーツカーじゃないと誰が決めた?
4位のFK2型以降のシビックタイプRは、それまでのボーイズレーサーから一転して、量販FF車でニュル世界最速を目指すクルマに立ち位置を変えた。そして実際にそれをやってのけた。素晴らしい偉業だ。
5位のレクサスLCは、日本車でかつてこれほどまでにプレミアムカーらしさを表現することに挑戦した量産車はない。雰囲気づくりが素晴らしいし、今見ても全然古さを感じさせないところもエライ。
冬の時代を支えた雄、お手頃FR最後の砦
6位の初代86/BRZは、スポーツカー冬の時代に、やればできるぞとばかりに両社がタッグを組んで共同開発してスポーツカーの市販化を実現したところがポイント。そんな新しい形の挑戦で生まれたスポーツカーが大いに受け入れられたのはご存知のとおりだ。
7位のHT81S型スイフトスポーツは、何の変哲もないコンパクトカーでも、ここまでやればこんなに魅力的なクルマになるぞということに挑戦し、それを証明したクルマだ。
小さな車体に本格的なエンジンや足まわりや何やらすべてが注ぎ込まれていて、一部で熱狂的な信奉者を生み出した。このクルマがあったからこそ、その後のスイスポがあることを改めて思い知らされる。
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