1966年11月にデビューし、2026年で60年が経過した初代トヨタ カローラ。「還暦」のカローラが誕生した1966年の日本では、どんな出来事があったのだろうか? カローラ誕生と前後して登場した各社の歴史的名車と共に振り返ろう。
※本稿は2026年8月のものです
文:梅木智晴(ベストカー編集部)/写真:トヨタ、日産、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2026年9月10日号
カローラと日本が歩んだ60年
カローラが誕生したのは1966年(昭和41年)11月。今(2026年)からちょうど60年前のことである。
十干、十二支の組み合わせにより60通りある『干支』が一巡して、生まれ年と同じ組み合わせになることから、還暦と呼ばれる。2026年は1966年と同じ『丙午(ひのえうま)』だ。
60年といえばもの凄く昔のようにも思うが、ベストカー読者の多くの方々が生きてきた時代そのもの。振り返ってみれば案外、あっという間のようにも思える時間でもある。
カローラが誕生した60年前の日本はどんな時代だったのだろう?
1966年は太平洋戦争終戦からわずか21年しか経っていない。現在から21年前と言えば2005年だ。61歳の編集部梅木にとっては「ついこの前」と感じるほどの経過時間だ。
2005年といえばスカイラインのV35型がデビューして4年が経過しており、その2年後にはR35型GT-Rが登場する。
そう考えると、この時代の大人にとって太平洋戦争は「ほんのちょっと前」の忌まわしき記憶であり、生々しく思い出される現実だったのだ。急速な戦後復興は、まさにあの時代の日本人の底力だったのだと、改めて気づかされる。
60年前のニッポンはどんな時代だった?
最初の東京オリンピックはカローラがデビューする2年前、1964年10月に開催された。そして同時期に東海道新幹線が開業した。とはいえ、その先、山陽新幹線岡山開業は1972年で、さらに博多まで全線開業するのは1975年3月だ。
日本初の高速道路、名神高速は1963年に栗東~尼崎間が開通し、1965年には小牧までの全線が開業していたが、東名高速はまだなかった。1968年より順次部分開通し、全線開通したのは1969年5月22日だった。
なのでカローラが誕生した時点では東京~名古屋間は国道1号線を走るしかなかった。そう考えると、やっぱり隔世の感はある。
だが、芝公園にはすでに東京タワーがそびえ、高層ビルなどほとんどなかった都心を見下ろしていた。銀座通りを中心に、都区内の道路上には都電の路線が張り巡らされていた。
アラカン世代が子どもの頃、ウルトラマン怪獣の大きさを表現する基準とされた霞が関ビルはまだ建設中で、竣工は1968年4月だった。
1966年当時、西新宿に高層ビル群はまったくなく、現在超高層ビル群がひしめく新宿新都心地区は、前年に廃止された淀橋浄水場を再開発して整備された。
このエリアで最初の高層建築は、霞が関ビルを約20m上回る地上178mの京王プラザホテルで、竣工は1971年6月だ。
伝説的に語り継がれる「ビートルズ来日」は1966年6月29日で、翌6月30日から7月2日にかけて日本武道館でコンサートが開催された。
自動車関連では、プリンス自動車工業が日産自動車に吸収合併されたのが1966年8月1日。したがってスカイラインはまだプリンス自工が開発したS50系の時代で、3代目C10型(ハコスカ)が登場するのは2年後だ。
プリンス自工最末期の同年5月に開催された第3回日本グランプリで砂子義一氏が駆るR380が悲願の優勝を飾った。


















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