■BCNR33/BNR34商品主管、渡辺衝三氏
そしてスカイラインGT-R、最後の主管となった渡辺衝三氏。いまでは3000万円とも5000万円ともいわれるR34GT-Rをいかにして生み出したのか?
■R33ではトランク容量の確保がテーマのひとつ。でもバッテリーをトランクに設置
もともと8代目のR32ではスカイラインの特徴を思い切り表現しよう、そして低下した走りのイメージを取り戻そうと企画したんですね。そしてR33以降では居住性といったセダンに要求される部分を充実させていこうという計画だったんです。
特にR33ではR32で指摘されていたトランク容量の確保が重要なテーマだったんです。しかし、R32で受けた曲がらないという評価を少しでもよくしたかった。そこで、重量配分の改善のためにバッテリーをトランクに設置したわけです。走りのよさを貫かなければなりません。だからあえて意欲的なチャレンジをしたんです。
■R33GT-Rでは北米輸出仕様も検討し断念
R33GT-Rは英国に100台輸出しました。実は、英国のBBC放送のトップギアという番組でGT-Rが紹介され話題になりました。そして欧州日産から強い販売要請があり、これに答えたのです。
その後、当時の塙社長から、北米輸出も検討せよとのオーダーを受けたんです。ただし北米は左ハンドルでなければなりません。ハンドルを左に持ってくると、GT-Rはツインターボですから、ステアリングシャフト後ろ側のターボに近くなり、熱的な問題があったんですね。
それでシングルターボにするかという案もあったんですが、それでは、GT-Rではないだろうということでこれは断念しました。
■R34ではV6搭載車も検討
R34の開発をしている時に、日産の先行開発グループが、新型V6を搭載したFRの試作車を作ったんです。しかも、フロントミドシツプでした。これをテストコースで乗ってみたところ回頭性がよくて実に具合がいいんですよ。
それで、真剣にV6搭載を考えました。しかしFR車だけならR34としてこの新型V6の搭載も可能だったんですが、GT-Rの4WD車まで含めるとなると、相当な開発期間が必要だったんですね。とてもR34GT-Rでは間に合わないレベルでした。
GT-R抜きでR34スカイラインは考えられませんでしたから、かなり悩みましたね。結果的に直6のGT-Rを磨き込む決心をしたのです。V6は次の世代に任せるという決断です。(編集部註:2001年6月発売のV6、フロントミドシップレイアウトのV35スカイラインにつながっていく)
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