■自動運転はそもそも「二択」に陥らないための技術
事故は誰もが避けたいものであるし、その実現のため自動車メーカーは先進安全技術の数々を開発し続けています。これは紛れもない事実です。また、こうした倫理観を議論することは自動運転技術に対する“社会的受容性”を形成する上でも大切です。
2016年には9月(法工学専門会議主催)と12月(日本機械学会 交通・物流部門主催)の2回に渡り、自動化レベル3以上の技術を実装する自動運転車両が関連する交通事故に対して、現職の弁護士などによる「模擬裁判」がはじめて開かれました。
ここでは現行の自動車損害賠償保障法の適用可能性や、製造物責任法における欠陥、さらには誰がどのような理由で事故の責任を負うかなどが議論されています。もっとも、こうした議論はいくら積み重ねてもなかなかひとつの意見にまとまらず、現在でも議論は継続されています。
冒頭のトロッコ問題に対して、筆者はこう考えます。
例えば自動化レベル5の自動走行が実現したとします。レベル5ですから自動走行にはレベル3のようなドライバーへの運転再開要求であるTORはありません。走行条件に制約がつかず、いつでもどこでも自動走行が理論上は可能です。
また、緊急時に運転再開が望まれる場合であっても、同乗者に頼ることなくリモート監視された係員の手により運転が継続され安全運転が担保されます。
そのような高度なレベル5が実用化できる技術レベルに社会があるならば、「AかBか」という二者択一を即座に迫られる可能性は少ないのではないか……。これは25年間、取材させていただいた技術者の発言内容とも一致します。
具体的に、別の角度から時間軸を交えて考えてみます。
真っ直ぐな道路が二股に分かれ、その先にそれぞれAとBという甲乙付けがたい危険因子がある、そうした場面にレベル5のシステムによって自動走行を行っている車両が遭遇したとします。
レベル5の技術を成立させるにはITSのひとつであるV2Xによる路車間通信技術などが不可欠です。
よって、二股の先にAとBといういずれも危険因子があるならば、自動走行状態である車両は真っ直ぐな道路を走行している段階、つまり二者択一を迫られるよりも前の段階でAとBの危険因子を察知して、速度を落とすなり、停止するなどして危険を回避する能力を備えていなければなりません。
つまり、こうした状況での回避能力がなければレベル5を名乗れないことから、二者択一には陥らないわけです。将棋や囲碁の名人のように、数手先まであらゆる角度からの予測ができて初めて、自動走行の継続が可能になります。
■「察知」から「判断」まで1000分の1秒で何度も
予測には自車を俯瞰した位置から見る“眼”が必要です。レベル5の一段下の段階であるMaaS領域でのレベル4では、管制システムが眼となりエリア内を走行するすべての状態を把握し、各車の安全な運行を実現します。この管制・管理のあり方は新幹線運行管理システムの「COMTRAC」や「COSMOS」、「SIRIUS」などと同様です。
レベル5にまつわるトロッコ問題が、歩行者や他車との混合交通になると話は一気に複雑になります。
一般的に事故の多くはその兆候が発生の数秒前に見られます。たとえば、
(1)歩道を子供が一人で歩いていて
(2)ドライバーからの死角にはその子供の友達が複数いる
とします。
(1)と(2)は、どちらの側からも飛び出しの可能性があり、土壇場で人の運転によって回避するには余裕がないような状況です。ちなみにこの時、ドライバーからは(1)の子供しか見えていませんが、V2Xによる歩車間通信技術によって車両は①と②の存在を予め検知できています。
この状況で(1)が飛び出したとします。自動化レベル0のいわゆる運転支援技術の類いすら持たない車両であれば、ドライバーがびっくりして急ブレーキを踏む場面です。気付くのが遅れたり、スピードを出し過ぎていたりすると接触は避けられず子供は命の危険にさらされます。
しかし、自動化レベル5のシステムを搭載した車両であれば、(1)の飛び出しを予見出来る可能性があります。
ここで活躍するのはITSと人工知能です。
V2Xを通じたセンサー情報から(1)、(2)ともに属性は子供であり、同方向に進みながら同じようなタイミングで立ち止まったことなどが認識され、(2)が複数いることから、(2)に向かって(1)が飛び出す可能性が高いこと、そして車載の光学式カメラセンサーによって(1)が(2)の方向に顔を向け身体を捻転させて手を振ったことが捉えられ、今にも道路を挟んだ反対側へ駆け出しそうな状況であることが表面化します。
ここで認識された危険因子は5G回線を通じてサーバー内の人工知能に集約され、過去の事故データをもとにしたディープラーニングと照らし合わせたアルゴリズムから、今度は車両にブレーキ制御の指令を出します。
こうした演算処理と制御信号のやりとりは1000分の1秒単位で完結することから、システムは余裕をもったスムースなブレーキ制御が行えます。ここでは、確実に瞬間的な制動力を立ち上げる電動ブレーキブースターも役立ちます。
こうして不快で不安な急ブレーキを体感することなく、気持ちよく自動運転に身を委ねることができるようになれば、自動運転技術に対する信頼も徐々に高まっていくと考えられます。
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