■車内にも昆虫的造形を発見!
それから数年後、何を血迷ったのか、フィアット日本法人はムルティプラの日本導入を決定。エンジンは1.6L 直4DOHC16バルブのガソリンエンジン(103ps/5750rpm、14.8kgm/4000rpm)のみ、ミッションは5速MTのみ。ただしハンドルはしっかり右。価格は249万円と、今考えるとかなりお安かった。広報車両も用意されたので、ついに私もムルティプラを運転することができた。
乗り込んでまずギョッとするのは、センター部に配置されたインパネだ。「昆虫の巣」と呼べばいいのだろうか。あるいは『風の谷のナウシカ』の王蟲(オーム)の抜け殻か。キノコの群生のようにも見える。「さすがデザイン立国イタリアの実用車!」と言うしかないが、個人的には生理的にキツイ部分もあった。
実際に走らせた印象は、見た目に比べると穏やかで一般的。足まわりはフィアット車そのもの。ちょい固めで、飛ばせば安定する高速セッティングだ。なにしろ当時のイタリアの高速道路(アウトストラーダ)は、事実上速度無制限。すべてのクルマがアクセル全開で、最高速で走っているような状態だったから、ムルティプラも小さいパワーを最大限使い切る、スポーティなセッティングがされていた。
都内の路上で、5速MTを駆使して、はいずりまわると、とにかく幅がやけに広くて、しかも運転席が一般的なクルマに比べると右の端っこのドアに近いところに寄っていたので、左側面がとても遠く感じる。しかしそれ以外は、自然とキビキビ走らせたくなるフィアット車のフィーリングだった。
前後3人掛けの独立シートは、日本では非常に使いづらい予感がした。日本では欧州製ミニバンはすべて失敗しているが、最大の原因はこの独立シートにある。日本人は後席で寝転がったりできないとダメなんです。思えば前後3人掛け車は、日産ティーノ、そしてホンダエディックスも商業的に失敗している。
ムルティプラは、MTのみだったこともあって、日本ではファミリーカーとしてはほとんど受け入れられず、ごく一部の変態的カーマニアに喜ばれるにとどまった。地元欧州市場でもヒットには程遠く、「世界一醜いクルマ」に認定されるなど、そっち方面での武勲ばかり輝いていた。
■ムルティプラオーナーの惨劇
そんなムルティプラだが、2016年になって、自分の身近に再登場した。弊社スタッフの安ド二等兵が、自家用車として購入したのである。きっかけは子どもが生まれたこと。前席に親子3人が並んで座れるMT車ということで、白羽の矢が立った。
ただ、昆虫顔の前期型は人気(!)で相場が高かったので(100万円前後)、非常にフツーっぽい顔になった後期型を選択。車両本体価格40万円という、日本一安い個体を、わざわざ都内から中京地区まで遠征して買ってきた。
実物を見ると、顔がフツーでなんだか冴えない。そして室内はかなりヒドイ。この時期のフィアット系(フェラーリを含む)のクルマに共通することだが、内装のプラスティック表面が経年劣化で溶け、ベトベトになっていた。そこにホコリが付着すると取れなくなり、なんとなくゴミ箱の中のようになる。
メカも残念な状態だった。春に購入し、夏になった瞬間にエアコンがほぼ死亡。生まれたばかりの愛息が熱中症になりかけた。その後、オーバーヒートがきっかけで、坂道を転がり落ちるように調子が激悪に。これ以上お金をかけるのはムダという判断により、わずか半年で手放すことになった。まさに安物買いの銭失いである。
あれから約5年。現在のムルティプラの中古車相場を見ると、流通台数はわずか10台。うち7台が昆虫顔の前期型で、相場も80万円前後とあまり変わっていない。後期型なら20万円台から買えるが、流通台数はわずか3台。絶滅も近いだろう。
ムルティプラの価値は、やはりあの強烈な昆虫デザインにあったと言うしかない。いいコンディションで維持していれば、いつか値上がりに転じる可能性もないとは言えないだろう。
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