世の中には「珍車」と呼ばれるクルマがある。名車と呼ばれてもおかしくない強烈な個性を持っていたものの、あまりにも個性がブッ飛びすぎていたがゆえに、「珍」に分類されることになったクルマだ。
そんなクルマたちを温故知新してみようじゃないか。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る尽くす当連載。第1回は、世界の珍車中の珍車、フィアット ムルティプラを取り上げる。
文/清水草一
写真/フォッケウルフ
■“世界で最も醜いクルマ”の衝撃的スタイル
フィアット ムルティプラの前期型は、そのとんでもないルックスのお陰で、「世界で最も醜いクルマランキング」では、常に1位か2位に付けるツワモノである。
外見はズバリ昆虫だ。なにしろ目(ヘッドライト)が上下2個ずつあるのだから、複眼の昆虫を連想しないわけにはいかない。今でこそ日産ジューク(初代モデル)や、シトロエンC3(現行モデル)等で採用され、かなり一般的になった上下複眼的ライトだが、ムルティプラが登場した1998年当時は、驚天動地のブッ飛びデザインだった。
ちなみに4個のヘッドライトは、通常の位置(下側)の2個がロービームで、上の2個はハイビーム。ポジションランプでお茶を濁していないところもスゴイ。
プロポーションも超絶ヘンテコリンだった。正面から見ると、上下に顔が2個重なっているように見え、それだけで夢に出てきそうだ。横から見ると、グラスエリアが非常に広く、いかにもキャビンからの見晴らしがいい。スピード感を捨て、乗員の快適性を最優先していることを実感する。
つまりムルティプラは、ある意味、イタリアの“ダイハツ タント”であった。初代タントは「走る保育所」の雰囲気だったが、ムルティプラは「走る毒毒昆虫」になった。さすがイタリア。
ムルティプラのユニークさはこれにとどまらない。前後2列のシートはどちらも3人掛け。全長は約4mしかなかったが、全幅は1875mmもあった。これは当時としてはかなりのワイドサイズで、取り回しが難題となった。
そもそもムルティプラは、あまりにも珍車であるがゆえに、日本への導入は2003年から。本国の発表からずいぶん遅れた。それまでは雑誌等で、その奇抜すぎる姿を見るしかなかった。私が初めてムルティプラと対面したのは、たしか1999年あたり、現地イタリアでのことだった。
正面から何か、とんでもない物体が近づいてきた。遠くから見ると、まず目に飛び込んでくるのは超個性的なフォルムだ。正面から見ると、グリーンハウスが上にいくにしたがって、逆に幅広くなっているように見えた。それは、『足袋の福助』のキャラクター・福助の頭の形に似ていた。
福助がだんだん近づいてくる。4灯までしっかり視認できるところまで来ると、すべてがあまりにも衝撃的で、もう爆笑するしかなかった。
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