【水野和敏が斬る!! 】「目標ありき」のクルマづくりが感動を奪う

 8月6日掲載の「目標にしたあのクルマを超えたクルマ 超えられなかったクルマ 4選」は、たくさんの方にお読みいただいた。

 新車開発における、その指標となったクルマ──ベンチマーク。日本のクルマ作りにおいて極めて重要な役割を担ってきたはずのこのベンチマークを軸に据えた記事だったわけだが、実は開発者からはこんな主張も聞こえてきたりする。「ベンチマークを考えたらダメ。せいぜいベンチマークを超えるクルマしか作れない」と。これはいったいどういうことだろうか。

 ここでは、日産の元チーフエンジニア、GT-R開発者の水野和敏氏にご登場いただき、ベンチマークに依った日本の車作りについて語ってもらった。読めば、日本のクルマ作りの現在、そして未来が見えてくる!?

※本記事は2017年のものです。
文:水野和敏、ベストカー編集部
写真:ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2017年9月26日号より


■クルマの「魅力的な性能や機能」と「当たり前の性能や機能」

 ベンチマークで他車と比較してクルマを開発するのは、もともとアメリカの手法です。アメリカは多民族国家で価値観、文化、宗教などがみんな異なります。そのなかで大多数を占める中産階級以下の人たちの共通軸は何かといえば、価格の安さ。値段が同じならこちらのほうが買い得という「モノの比較論」で売るわけです。

 しかし、それを単一民族国家である日本でやるとどうなるか? 「クルマはみな同じで、つまらない」という反応になってしまうのです。

 クルマには大きく分けて「魅力的な性能や機能」と「当たり前の性能や機能」のふたつがあります。当たり前の性能、機能とは法規対応、燃費や排ガス性能、耐久性、整備性、実用性などで、これらはメーカー自身が目標を立てて決めるものではなく、法律や社会性で評価項目が決められたものです。このように社会共通でやって当たり前の性能の比較には顧客へのわかりやすさを含め、ベンチマークを使うことが有効です。

 では魅力性能はどうかというと、これはメーカーがお客さんに感動や楽しさなどを提供するもので、これらの感性を創りだすためには「評価軸を含め、メーカー自身で考えて決めるもの」であり、その商品の独自性や存在理由そのもの。ここにベンチマークを使ってはいけないし、もしも0~100km/h加速タイムなど共通のベンチマークを使うのであれば、まったく次元の異なる性能の違いを出さなければ感動や楽しみにはなりません。魅力性能の場合には、「比較ゾーン」ではなく飛び抜けた「独自ゾーン」に入らないとダメなのです。

ベンチマークに頼らないクルマ作りがお客さんにワクワク感や感動を与えるのだ

■ベンチマークから離れるほど魅力は上がる

 理想はベンチマークに乗らない独自の商品を生み出すことです。現在のその典型例はSUVで、オフロードカーでもセダンでもない、ベンチマークに入らない組み合わせがSUV。今SUVに人気があるのはいろいろな機能やパッケージの魅力性能が、従来からのヒエラルキー的なベンチマークの外にあるからです。

 それでもSUVが増えて、なんとなくベンチマークの枠ができてくると、今度はクーペタイプや2ドアのオープンが出てきたりして、常にベンチマークの外のゾーンを追いかける。またはベンチマークのなかでも飛び抜けた独自のポイントを創る。それこそがお客さんに、わくわく感や楽しさなどの「欲しい」と思わせる商品の作り方なのです。

 いっぽうで価格やサイズなどの制約が多く、ベンチマークに依存せざるを得ない車種もあります。当たり前の性能や汎用の実用性をどれだけ磨くかが大事なクルマで、小さくて安いクルマほどその依存度は高くなり、コンパクトクラスだとベンチマーク依存度は80~90%。逆に、販価が800万~1000万円くらいのクルマなら、当たり前の性能以外はベンチマークを使わず、その依存度は40%以下に下がります。

 だいたいこのような配分で使い分けるのですが、ベンチマークをほとんど使わないベンツやBMWやアウディ、そしてスーパーカーなどはどれも同じとは思われない。逆にベンチマーク手法を多用しているアメリカのクルマはひと言で「アメ車」とくくられて、どれも一緒に見えてしまうのです。

 しかし、S660やハスラーなど、軽自動車でも独自性の高いクルマはあり、ヒット商品はベンチマークの枠から外れたところから生まれるという法則もまた同じです。ベンチマーク依存度が低いほど魅力性能が高く、そしてヒットする確率が上がるというのは、どのジャンルでも共通していることなのです。

水野和敏氏

■ベンチマークに頼るのは素人の仕事

 それなのに、なぜ多くの日本車はベンチマークの依存度をますます上げてしまっているのか? 

 ハッキリ言いますが、エンジニア自身の技術や思考レベルの低下に加えて、少子化や新技術ジャンルの増加による開発人員の不足、そして何より大きいのはメーカー自身の開発費用の削減のためです。

 かつて日本の自動車メーカーは、今のようにベンチマークに頼った商品はあまり作っていませんでした。本田宗一郎時代のホンダなどはその典型で、トヨタ、日産と同じようなものは作るなという哲学でクルマを開発していました。また、日本独自発想のコンパクト化や世界情勢を先読みした燃費の技術開発の結果が、オイルショック時に世界で日本車のシェア拡大を成し遂げました。

 ところが1990年代に日本車メーカー全体がアメリカに軸を置き、アメリカのようにベンチマークで開発するようになってしまった。人手が足りないからといって開発の標準化を進め、外部の委託会社に頼む領域も広がるばかり。独自性のあるクルマを作れる力がないからベンチマークで他社と比較して作るしかないのです。残念ながら、今の日本車メーカーはそれが当たり前の仕事だと思い込んでいます。

 もし……素人のあなたが「クルマを作れ」と言われたらどうしますか? 何もわからないから競合するクルマを調べてベンチマークにして、それを少し超えるものを作る以外に方法が思い浮かばないはずです。

 要するに、エンジニアのレベルが低いほどベンチマークに頼るしかないのです。それで出来上がるクルマは外から見ていたら差がわからないコピー商品。逆に言うと、ベンチマークを使わない仕事は「想像力と技術を熟知したプロの集団」にしかできないということなのです。

 先ほども言いましたが、ベンツ、BMW、アウディ、ポルシェなどは独自のものを作れる技術があるからベンチマークなんて使いません。技術が低いからベンチマークのゾーンのなかと部品単位の分業化でしか作れないのです。

 そんな工場の流れ作業と同じような開発業務を続けていて、お客さんに欲しいと思わせるクルマができるでしょうか? 残念ながら答えはNO。クルマ作りは「その商品の独自性と存在する意味」を追求する姿勢が何よりも大切なのです。


【番外編コラム】トヨタの強さはベンチマークに頼らない独自性にあり!

 水野氏に「ベンチマークに頼っていない最近の日本車は?」と聞いたところC-HR、クラウン、アルファード/ヴェルファイアの名前が挙がった。全部トヨタ車だ。

 C-HRは「豊田章男社長の“もっといいクルマを作る”という強い意志を感じる。このクラス、価格帯でわざわざニュルで足回りを鍛えること自体がベンチマークの枠を超えている」。

ジャンルは違えど、C-HR、クラウンは独自性を追求

 クラウンは「完璧にクラウンワールドを持っている。他車との比較ではなく、クラウンユーザーとの一対一の真剣勝負で作っていることが伝わる」。また、アル/ヴェルは「トヨタ独自のもので、比較できるクルマが世界中にない」と評価しており「トヨタ車がなぜ売れるのかというひとつの理由がみえてくるね」と言う。他メーカーも頑張ってほしいものです。

アル/ヴェルみたいな高級ミニバンは世界中になし。まさに孤高の存在だ

最新号

ベストカー最新号

ベストカー 10月10日号 スバル・ミドシップスポーツの真偽に迫る!

 毎月10日と26日に発売される自動車総合誌「ベストカー」の最新号が本日発売! 今号の巻頭スクープは衝撃情報の真偽を追跡。その衝撃情報とは、なんとスバルからミドシップスポーツが市販されるというもの。本誌スクープ班が総力をあげてその情報の核心…

カタログ