安直で乱暴な最高速度の引き上げは「労多くして功少なし」
前述のように、スピードリミッターの装着義務付けでわずか数年で大型トラックの死亡事故が約40%も減ったという過去のデータがある。では今、そのスピードリミッターの「くびき」を外したらどうなるだろう?
もちろん「死亡事故が約40%増える恐れがある」などと強弁するつもりはない。しかし、増える要因にはなっても、減ることにつながる要素はまったく無い。安直に最高速度を引き上げた結果、重大事故が増えたら誰がどう責任を取るのだろうか?
日本の大型トラックにスピードリミッターが導入された理由の1つは、ヨーロッパの先達に倣ったからである。そのヨーロッパでは、今でもほとんどの国が大型トラックの最高速度を80km/h、スピードリミッターによる速度制限90km/hを維持している。
トラックドライバー不足はヨーロッパでも深刻化しているが、「だから最高速度を引き上げよう」などという議論は起きていない。
それは、ヨーロッパではスピードリミッターによる重大事故の低減効果が広く認知されているからだろう。万一の事故の際、車両総重量のある大型トラックの衝突エネルギーは速度が上がるほど急激に高まり、重大事故の発生につながる……、そのことを絶対に忘れてはならない。
そもそも最高速度を引き上げたからといって、2024年問題の解消にどれほどの効果があるというのだろう? 未だ机上の空論ばかりで、真に説得力のある事前の評価が提示されてもいないのに、引き上げ論ばかりが先行する……、おかしいではないか!?
今回の「最高速度の引き上げ」に対して、もちろん「賛成」という運送事業者もドライバーもいると思うが、日本で最も強く要望しているのは主として大手宅配会社である。
翌日配達の確保など時間的制約のあるトラックが要望するのはわからないではない。しかし、トラック輸送の大前提である「安全」に目をつぶっていいわけがない。それは、下請け孫請けのトラックを使っていようとも、である。
最高速度の引き上げに際してよく用いられる理由が、「大型トラックの重大事故は年々減ってきている」「最近のトラックは安全技術が向上している」「乗用車などの最高速度が引き上げられているのにトラックだけ80km/hというのは却って危ない」などである。
このうち、「重大事故が減ってきている」についてはすでに記した通り「重大事故が増えている」に転じているが、その他の2つの理由に関しても怪しいものである。
確かに最近のトラックの安全技術は向上しているが、スピードリミッターの装着義務付けから20年が経過している現状では、クルマづくりの基準もそれがベースになっている点にも着目しなければならない、
たとえば、大型トラックで装着が義務化されている衝突被害軽減ブレーキである。設定スピードが上がれば、それに見合った制動力や演算能力を高めなければならないだろう。
制動性能も各種安全装備も最高速度90km/hを1つのターゲットにしているだろうし、それはエンジンをはじめとするパワートレイン関係にも当てはまるかもしれない。
つまりクルマづくりにも大幅な見直しが必要で、クルマづくりの観点からも最高速度の引き上げを安直に考えてもらっては困るのである。
また、「トラックだけ80km/hというのは却って危ない」というのも、為にする議論だろう。前述のヨーロッパでは、大型トラックの最高速度が80km/hに制限されている一方、乗用車は120~130km/h、あるいは速度無制限といった具合で、この棲み分けで特に問題なく長年やってきたわけである。
大型トラックの最高速度が80km/hであるのは、一にかかって安全性を確保するためである。だから、乗用車の制限速度の引き上げに大型トラックが追随しなければならない理由などまったくないのだ。
乗用車のドライバーからは「遅い」だの「道路を塞いで困る」といった文句も聞かれるが、この際、安全性の観点から大型トラックの最高速度など運動性能等について理解を深めてもらってもいいのではないか。
要するに最高速度の引き上げは「労多くして功少なし」の典型である。20年間ですっかり定着した前提を、「2024年問題」のためにすべてひっくり返そうというのは愚の骨頂である。まして、「2024年問題」にどれほどの効果があるか甚だ心許ないのに、だ。