【救世主だったのか? それとも…??】 検証 カルロス・ゴーンの功と罪


2017年4月、2000年6月の社長就任以来17年間にわたって日産の舵を取ってきたゴーン氏が、
社長の座を退いた。同氏は現在、日産、ルノー、三菱、3社を取りまとめるグループの会長に就任している。

階段をまたさらに一段登ったとはいえ、日産単体の経営からは離れる形となったゴーン氏は、一時期「名経営者」の代名詞として語られたこともあった。しかしいま、日産は岐路に立たされている。無資格者完成検査問題での対応が問題視され、日本市場軽視が日本の日産ファンたちに指摘され、全国の日産ディーラーマンたちからも「もっとラインアップを拡充してくれ」と悲鳴があがっている。

日産はどこにゆくのか。それを知るためにも、今こそカルロス・ゴーン氏の足跡をたどってみることに意味があるのではないか。

就任から数年で奇跡とも思えるV字回復を成し遂げたゴーン氏の手腕は、日産にとっての希望の光だった。だが強すぎる光は、同時に影も色濃く落とす。復活の道を歩むなかで、ふるい落とされていったものはないのか。ゴーン氏が残したものを、ちょうど1年前、2017年4月26日の記事から振り返ってみよう。ゴーン体制下で生まれたクルマたちもまとめてみた。

〈カルロス・ゴーン〉
1954年 ブラジルのポルト・ヴェーリョ生まれ。レバノンで少年期を過ごし、大学時代はパリで過ごす。大学卒業後の1978年にミシュランに入社し、1996年にルノーにヘッドハンティングされ移籍。1999年に日産の最高執行責任者に就任した。2017年3月25日現在、日産の会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)、三菱自動車会長、ルノーの取締役会長兼CEO。

文:ベストカー編集部
初出:ベストカー2017年4月26日号より(本記事は2017年4月に執筆・公開されたものです)


「ゴーンの手法」のオモテとウラで

経済ジャーナリスト 片山 修経済ジャーナリスト、経営評論家、(株)ケイオフィス主宰。著書は50冊以上。「ソニーの法則」などベストセラー多数

1999年、カルロス・ゴーン氏は、倒産寸前の日産にルノーから最高執行責任者として送り込まれた。以後18年間の彼の功績は、数字が如実に示している。翌’00年に社長となった当初、約263万台だった日産の世界販売台数は、’16年に約556万台と倍増した。また、ルノー・日産アライアンスという世界に類を見ないマネジメント体制を確立し、いまやアライアンスは世界販売台数約996万台と、ビッグ3に匹敵する規模を誇る。外交術に長けたゴーン氏は、中国やロシアの市場を取り込み、それぞれルノー・日産アライアンスのシェアを高めた。

数字に表れない功績も大きい。ゴーン氏が日産入り直後にぶち上げた「日産リバイバルプラン」によって、日産はわずか1年でV字回復を達成。この復活劇は、バブル崩壊後の低迷に苦しむ日本企業、特に製造業にとって格好の「お手本」となった。終身雇用、年功序列、春闘の横並びなどの「日本型」を打破し、「系列重視」の国内自動車産業の慣行に風穴を開け、その効果をV字回復で証明した。

日本の経営者は、ゴーン氏の手法を見習い、多くを学んだ。また、ゴーン氏の活躍は、コミットメント経営や高額の役員報酬を含めて、日本がグローバルな経営手法を評価するキッカケとなった。外国人トップによる歴史ある日本企業再建の成功例をつくった意義は大きい。

また、世界の自動車メーカーのなかで最も早くEV(電気自動車)に積極投資したことも、大きな功績といえる。当初は苦戦し批判もあった。しかし、ゴーン氏は諦めなかった。次世代環境対応車の本命候補としてEVが注目を集める今日、ルノー・日産は世界のEV市場のシェアの約半数を握る。

もっとも、「日産リバイバルプラン」の遂行にあたり、ゴーン氏は「コストカッター」の異名のとおり、雇用や村山工場の廃止に代表されるリストラを断行した。なれ合いの廃止は業界内に軋轢を生んだことも否めない。あえていえば、日産の復活によって多くの人々が職を失わずにすんだ功は、裏を返せば、少なくない数の人々の職を奪った“罪”でもある。

ハイブリッドを「世界的にはニッチ」と考え、EVに邁進。その判断は今、評価されている
ハイブリッドを「世界的にはニッチ」と考え、EVに邁進。その判断は今、評価されている

止められた時計

自動車評論家 鈴木 直也高い分析力と文章力には定評あり。設定した締めきり通りに原稿がくることがないのが最大の弱点

カルロス・ゴーン氏が何のために日産に来たかといえば、潰れそうな会社を立て直すため。まずは出血を止めないとしようがないから、切れるものはバッサリ切るしかない。

残念なのは、その過程で「当面収益に貢献しない技術」もそうとう整理されちゃったこと。そのなかには、ハイブリッドやリチウムイオン電池など将来重要となるテーマもあったが、とりあえず「今はそういう時期じゃない」ということで一時凍結となる。

もうひとつ惜しまれるのは、「日産車ならではの走りのキャラクター」も、一旦ここで棚上げされちゃったこと。

’90年代の日産はシャシー開発に熱を入れていたから、ハンドリングの評価は高かった。

いま思い返すと、もうちょっとここで踏ん張ればそれをブランド化できたかもしれないが、金のかかる凝った足回りもここでばっさりカット。これ以降クルマ好きのハートをくすぐるマニアックなクルマもすっかりご無沙汰となる。

いっぽう、重視されたのは収益性がよくグローバル市場で多く売れるクルマ。贅沢は言ってられない。手持ちの技術でできる低コストなコンパクトカーと、北米市場で売れるコスパの高いミドルクラス、このへんのラインアップを整備するのが最優先課題となる。

やがてマーチ、ノート、キューブといったコンパクトカーが充実し、V36スカイラインが北米でヒット。ティアナを先兵に中国市場にも積極的に進出してゆく。

グローバルで利益を出すクルマが重視されるゴーン体制下。ノートのようなコンパクトカーは日本でも大事なのは間違いないが…
グローバルで利益を出すクルマが重視されるゴーン体制下。ノートのようなコンパクトカーは日本でも大事なのは間違いないが…

結果として日産の業績もV字回復ということになるわけだが、その過程で日産の技術陣の意識もずいぶん変わった。

この時代、ゴーン氏は「コミットメント」という言葉をよく使ったから、開発陣も「どのくらい売れて、どのくらい収益が上がるのか?」を意識せざるを得ない。何が起きるかというと、冒険を避けた手堅いクルマの蔓延。リスクを取りに行かなくなるのだ。

そんななか、冒険的なプロジェクトに挑んだのは水野和敏率いるR35 GT-Rチームと、ゴーン氏直轄プロジェクトのお墨付きがあるリーフのチームだけ。こういうチャレンジングなクルマ作りを活性化させるのが、これからの日産の課題だと思うなぁ。

クルマは好きなゴーン氏だけに、たとえチャレンジングなクルマでも開発陣に熱意があればGOサインが出る気もするが…R35型 GT-Rはそのよい前例だ
クルマは好きなゴーン氏だけに、たとえチャレンジングなクルマでも開発陣に熱意があればGOサインが出る気もするが…R35型 GT-Rはそのよい前例だ

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