テスラが宇宙を飛ぶ意味と功罪

■イーロン・マスク氏は未来にしか興味がない

 ふつう、自動車メーカーが自社製品のブランド価値を高めるには、積み上げてきたレース活動や歴史的な名車など、いわゆるブランドヘリテージを活用する。「うちは老舗でございます」という戦略だ。

 ところが、イーロン・マスクの考えはその真逆。新しいテクノロジーでまったく新しい概念のクルマを造り、既存のプレミアムブランドすべてを一気に時代遅れの遺物にしようという作戦。

 たぶん、イーロン・マスクという人は未来にしか興味がないのだ。

 そう考えると、いろいろなことが納得できる。

 ファルコン・ヘビーの成功とは対照的に、いまテスラは「モデル3」の量産に手こずるなど、その快進撃に陰りが見えてきている。

2016年3月に発表された「テスラ モデル3」。補助金を含まずに35,000ドルという安価で、航続距離350km。発表後一週間で30万台以上の予約を集めた
2016年3月に発表された「テスラ モデル3」。補助金を含まずに35,000ドルという安価で、航続距離350km以上。発表後一週間で30万台以上の予約受注を集めたが、生産計画に遅れが出ており納車が滞っている

 画期的なEVとはいえ自動車は自動車、きちんとした品質を造り込み、競争力のある価格でユーザーのものとに届けるのは容易ではない。

 サプライヤーを含めたコストと品質のバランス。従業員のトレーニングからはじまる安定した生産技術の積み重ね。販売スタッフの確保や供給後のメインテナンス態勢、保証、サービスや不具合、事故対応。地味で長い道のりだ。

 最先端技術のカタマリであるロケットに比べると、こういう地道な作業にイーロン・マスクのベンチャー精神はあんまり燃えないのでは? そういうふうに見えてしまう。

 しかし、この難しい課題を克服すれば、自動車ビジネスには大きな成果が約束されている。打ち上げコスト100億円といわれるファルコン・ヘビー1機でどのくらいの利益が出るのかは不明だが、仮に1機100億円の利益があるとして、1兆円の利益を出すには年間100機の打ち上げが必要になる。

 自動車ビジネスならこの数字は可能だが、ロケット事業ではたしてそれほどの需要があるか、かなり微妙と思われる。

 スペースXの華やかな成功はすばらしいけれども、イーロン・マスクの事業としての本命はテスラのはず。モデル3の量産を成功させ、そこで利益を上げること。たぶん、それはファルコン・ヘビーの打ち上げ以上に難しいミッションなのかもしれません。

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