■付加価値の高い商品で勝負する
普通に考えれば、決め打ち戦略は、全方位戦略の部分集合なので、論理上、トヨタに負けはない。一点突破による戦力集中は、本質的に速度の勝負だが、この意味において、トヨタが特異なのは、莫大な資本力を背景に、物量作戦が推進できることにある。
トヨタ全体としては、戦力を分散展開しつつも、一点突破を狙ってくる攻撃側に対抗して、どこにでも同等の戦力が配分できる。つまり選択と集中は、徹底的な物量と資本量の前になすすべはない。というのがこの話の背景の概論だ。
トヨタは1月に豊田章男社長の退任を決め、佐藤恒治新社長の就任が発表された。2月13日の発表で行われた佐藤新社長のスピーチで注目を集めたのは以下の部分だ。
「これまで豊田マスタードライバーのもとで、トヨタらしい、レクサスらしいBEVをつくる準備を進めてまいりました。その取り組みのなかで、自分たちが目指すBEVのあり方が見えてまいりました。
機が熟した今、従来とは異なるアプローチで、BEVの開発を加速してまいります。
具体的には、足元でのラインナップを拡充するとともに2026年を目標に、電池やプラットフォーム、クルマのつくり方など、すべてをBEV最適で考えた『次世代のBEV』をレクサスブランドで開発してまいります」
これは何を意味しているのだろうか? と言ってもトヨタの公式な発表はこれ以外にないので、過去の取材で得た情報を統合しつつの推測ということになるのだが、ちょっと考えてみたい。
まず、ここで言うトヨタらしい、レクサスらしいBEVとは何かだが、それはおそらく「付加価値の高いBEV」を意味しているはずだ。
例えば工具のドライバー。100均に行けば6本セットのドライバーが100円で手に入る。一方で一流工具と言われるWera(ヴェラ)の6本セットは、6000円オーバー。
トヨタは100均のドライバー的なクルマをトヨタらしいとは思っていない。Weraのようなトップエンドを狙うかどうかはともかく、価値ある商品として選ばれるBEVを目指しているわけだ。
もちろん安全性や走行性能を見切ってでも絶対的な安価を求める市場は世界にはあるので、例えば中国製の安価なBEVは、それなりのマーケットを獲得していくだろう。
しかし、思い起こせば、2009年にはインド製のタタ・ナノが当時の価格として約20万円で発売されて話題を呼んだが、ビジネス的には失敗に終わった。
当時より、新興国マーケットが広がった今、多少可能性は広がったかもしれないが、価格さえ安ければ世界を席巻するというほどに事は簡単ではないこともわかるはずだ。
ただし、万が一、世界のマーケットが価格主導に傾いて行ったら、トヨタに生き残る道はない。開発、製造、販売すべてにおいて、大きな組織である以上、背負う間接費は大きく、価格の叩き合いになれば、新興メーカーとは勝負ができない。
もっともそれはトヨタだけではなく既存の自動車メーカー全てが該当する。ギガファクトリーで大投資済みのテスラもまた例外ではない。
■機が熟すのを常に待っている
さて、もうひとつのポイントは、2026年を目標に、電池やプラットフォーム、クルマのつくり方など、すべてをBEV最適で考えた「次世代のBEV」という部分である。これはどういう意味だろうか?
現在のバッテリー性能を前提にすれば、航続距離の勝負はバッテリーのスペースをどれだけ用意できるかに左右される。置き場所が床下である以上、それはつまりホイールベースをどれだけ伸ばせるかが勝負の分かれ目ということだ。
しかしホイールベースを無闇に伸ばすと最小回転半径に支障が出る。そこでBEV専用シャシーという話が出てくる。エンジンとモーターを比べればエンジンのほうが幅があるので、フロントのストラクチャー幅はエンジンのほうが広くなる。
ストラクチャーの幅は前輪の最大舵角を制限するので、ここの幅を狭くできれば、最小回転半径が小さくできる。つまりモーター専用シャシーにすれば最大舵角を増やせるので、ホイールベースをより長く取れるわけだ。
これまでトヨタは、価格も含めた諸条件を勘案すればBEVがあまり数が出ない前提に立ち、過渡的なBEVの価格低減のためには、内燃機関モデルとの共用シャシーによって、コストダウンを進めるほうが有利だと見ていた。それはちょうど日産のサクラと同じ考え方だ。
しかし、そのペースは思ったより早く進む可能性が出てきたので、従来次のステージと考えていた専用シャシー化を前倒しにしたのである。
つまり専用シャシーの話は二股分岐でどちらを選ぶかという話ではなく、移行期間としてのステージ1が計画より短期に終わり、予定より早くステージ2に進行するという話である。
発表したばかりのレクサスRZには、バイワイヤーステアリングが用意され、低速域で大幅に逆位相ステアをすることで最小回転半径を小さくできるようになった。これはつまり、フロントのストラクチャーだけではなく、バイワイヤーによる後輪操舵でさらに回転半径を小さくできる取り組みということになる。
クラウンクロスオーバーには、バイワイヤーではなく、DRS(ダイナミックリアステアリング)が採用されているが、これも狙いは一緒で、トヨタの説明によれば「ハンドル操作と車速に応じて後輪が切れる角度を制御することで、低速走行時の取り回し性、中速走行時の操舵応答性、高速走行時の安定性向上に寄与します」とある。
低速の逆位相では小回り性能を狙い、高速の同位相操舵によって、バッテリー搭載で増えた重量での旋回限界を支えるという意味では、まさにBEV時代の電子デバイスである。
これらは、BEVのロングホイールベース化に向けてトヨタが着々と用意してきた飛び道具であり、こういう要素技術がすでに完成しているため、機が熟したので次のステージへの移行を早めますなどということが言えるのである。
コメント
コメントの使い方記事見出しで株価下げ狙いのトヨタを貶めるような内容かと一瞬身構えてしまったのですが、池田さんの執筆されたものだったので安心して読めました。汗
正しい認識を持った日本人なら、車好きなら、トヨタを応援して当然ですし彼らが何一つ間違ったことをしていないと分かるはずです。